子供の世界
ノノに廃教会を案内してもらいながら、僕は早速落ち葉の敷布団について提案してみることにした。
「にょにょ、おちばのしちゃほっておけばちあばりゃないれしゅ」ノノ、落ち葉の下は掘っておけば散らばらないです
沢山噛んでしまう僕は、長く喋ると自分で自分の呂律が悲しくなってくる。
はっきり発音したいのに、呂律だけは身体に見合った能力しかなくて。
んああああああとなりながら。
恥やプライドと闘いながら喋っている。
話すだけで凄く気力が必要なのだ。
「ティオの穴みたいに?」
「いじわりゅ」
「ふふごめんごめん。下掘るとそんなに違うかなぁ?」
ご機嫌がいつのまにか回復したノノは、僕の提案をいつものちょっと背伸びしたお姉さんのノノの言葉で。
ご機嫌のとりかたがさっぱりわからない僕だけど、拗ねていられるよりずっといい。
僕は機嫌の直った半信半疑のノノに連れられ、廃教会の中をトコトコあるく。
「どこ見たい?っていっても、ここはそんなに広くはないのよ。個室はジノ兄が寝てた部屋と、食糧庫くらいかなぁ」
ごちゃごちゃと生活感がある物があちらこちらに持ち込まれた講堂跡が、彼らの生活する拠点になっていた。
「このちまいのが新入り?」
生意気そうな吊り目の少年の後ろには、僕を値踏みする二人の少年の姿もある。
ノノは明らかに嫌そうに顔を歪めるから、彼らは彼女にとって喜ばしくない相手なのかもしれない。
「私の弟分のティオよ。意地悪しないでね」
牽制する彼女に、少年達はニヤニヤしている。
「ちびっこノノが一丁前になった気で姉貴面してらぁ」
「してらぁ」
「こんなチビ従えてようやく姉貴でちゅね。ノノたん」
幼稚な挑発に、顔を真っ赤にして涙目になるノノ。
「うるさぁあい!」と反論しながらも手は出さない。
手を出しても体格差でも人数差でも勝ち目はないのがわかっているから。
大人気ない少年達の洗礼を受けた僕は、スンとした気持ちになって。
ノノの援護の気持ちも込めて、最強の援軍を呼び込む事を決めた。
いるだけで勝ち確の恐怖の黒い巨塔。
講堂跡の崩れかけた壁の側で立っていた黒い長身のズボンの布を、小さなおててでグイッとつかむと。
「なんだ?」と聞く低音の声を無視して、ノノを揶揄う悪童達の前までひっぱり込んだ。
「このこちゃちうるさいにょ」この子達煩いの
そう抗議する舌ったらずな僕の声。
少年達は、呂律が悪い僕の抗議を馬鹿にするでもなく、威圧感に溢れる大男ばかりを三人揃って見上げて固まる。
目論見通り。
圧巻の圧勝。
フフンと胸を張る僕を、黒騎士が見ていた気がしたけれど。
僕はやり切った気持ちで、悔し涙を滲ませたノノの背中をポンポンした。
黒騎士の視線もノノに向かい。
少年達に向き直った彼は。
「女の子には優しくしてやれ」
と、彼らに苦言を一言。
一瞬の静寂、それから、「ひっくっ」と喉をひりつかせる声は少年の一人から。
「ひ、卑怯だろ!!こんなバケモンみたいなおっさん味方につけて!」
「そうだ!そうだ!」
「兄貴分泣かせて楽しいか?!」
半泣きで抗議する少年たち。
うん。わかるよ、わかるよ。怖いよね!
ハハハ。歳下を虐めるからだざまぁみろ。
ノノは「おっさんじゃなくてお兄さんでしょ!」とツッコミをいれながら、こちらも半泣きで応戦し。
いつの間に来ていたのか、彼女の後ろにはノノより年上のお姉さん達が数名集まり。
「あんたたちが歳下虐めるからこうなったんでしょ!」
「いつもいつも煩いのよ」
「また小さい子虐めようとしたんでしょ」
「ダサい!うざい!これだから男の子は嫌」
「あんたの不細工な顔じゃ勝てないから、黒様に焼いてんでしょ」
「顔の良さも手の長さも足の長さも敵わないんだからせめて性格くらいは良くしてよ」
ひぇぇ。
女子の迫力に僕も圧倒される。
言葉の破壊力が痛すぎて。
ある意味黒騎士よりも恐ろしいかもしれない……。
矢継ぎに攻められ始めた三人組は、部が悪いと感じたようで。
涙目のまま。たじ、たじ、と後ろに足をずらしながら。
「うるせぇ!!ばーかばーか」と、捨て台詞を残し去っていった。
逃げるが勝ち。
戦略的撤退だよね!
予想していなかった女の子の応戦に、僕もたじろいだ。
僕は展開の速さにびっくりして驚いていたけど。
ノノと彼女を加勢した少女達は満足そうにフゥと達成感をもっているみたいで、涙目のノノはなんだか誇らしそうに見えた。
子供の世界も大変だなぁと、思いながら。
僕は、便利に使ってしまったオーバーキル必須な最強助っ人のズボンから小さなおててを離し。
「もういいれしゅ」もういいです
便利に使い捨てた僕に、黒い悪魔の目がいつもより少し大きくひらかれた気がした。
ブルブル。
悪寒を感じて肩を揺らした僕だけど。
ちょっと黒い悪魔に怯える気持ちが変わりはじめていることを感じた。
怖さが消えたわけではない。
悪い人ではない気はする。
でも、僕は。
ここに何故居るのか自分の事も分からない。
森から出てきたばかりの変わった力をもつ小さな子供。
人恋しさのまま動いてロカの街まで降りてきたけど。
僕はやっぱり異分子で。
そんな僕の異常性に気付いた黒騎士が、僕にとってのいい人かは分からない。
だから、警戒を解いてはいけない。
心を許してはいけない。
そう思っている。