ジノの後悔
「おう、こんちゃ。世話になったみたいだな」
「あい」はい
ジノからの短い御礼にウィガロが困った顔になる。
でも小さい子供相手に言い直させるつもりはないようで、物言いたそうに数回口を開きかけながらそのまま閉じた。
きっと黒騎士には仰々しい御礼を無理やり言わせたのかもしれないなぁと思いながら。
僕は気にならないし、きっと黒騎士も気にしないと思った。
「お前、ここに住むか?」
急なようで、そうでは無い。
頼れる人間の孤児の中でも、特にはぐれは住む場所に1番困っているから。
ジノから僕への、彼らの流儀に沿った合理的なお礼の提案。
だけど僕には必要ない。
「ぼくにあおうちがありましゅ」僕にはお家があります
「小さい穴だったけどね」
まだツンとした不機嫌時間が続いていたらしいノノが、少しだけ悪意を載せて付け足した。
さっき姉気分として前に出てきたから、僕は彼女のご機嫌が改善されたと思っていたのに。
女の子は難しい、と。僕はまた頭を悩ませる。
「ほーか。わかった、場所はあけとくから必要になったら来ていいぞ」
ジノからの破格な御礼に、僕はこくりと頷いた。
孤児を率いるジノだけど、寄りつく子供をみんな抱え込む力は流石にない。
コミュニティの箱はこの廃教会だから、新顔はここに空きがある時にしか入れないのが通例のはず。
年功序列なところが強いこの通例は、上が下の面倒を見る代わりに。
下は上から学びながら成長し、12を超えたらほとんどが此処を出ていく。
荒事が多くても見返りも大きい冒険者を目指す者。
街に出て商いの見習いを目指す者。
あまり選択肢が無いようで、殆どの年長者は緑の依頼書で予行練習もできている冒険者を選ぶという。
冒険者は危ない仕事や荒事も多く、大成する者の方が少ない仕事だから。
簡単な選択にはならないと思うけれど。
年長者が独り立ちした廃教会には場所が空き、新しい新顔が招かれる。
多過ぎれば別の拠点を求めて手を伸ばさなければならなくなるから。新顔を招く時は基本開きがある時だけ。
子供ばかりの彼らは、この地区の他の浮浪者達とのトラブルを避けたいはず。
ジノはそんな大切な大切な一席を、僕に約束している。
だから破格の御礼だと僕は思った。
「とっておいた場所がある。もう死んじまったもんな……」
寂しいロッツォの呟き。
苦い顔をしたロッツォは、ついこぼしてしまった呟きだったようで。
しまったと、ジノの様子を伺い見た。
ジノは、何をかんがえているのか読み取れない表情で座っている。
脱力感ではなくて、虚無感が当てはまるような。
「ウィガロ兄、馬車の事故の事みてた奴に連絡はとれるか?」
「とれる。お前らの兄貴の一人だ」
ジノとウィガロのやり取りで、僕は思い出す。
ジノが気にかけていたはぐれの孤児。
馬車に轢かれて死んでしまったはぐれの孤児。
名前もしらないその子。
僕は寂しく悲しい気持ちになって、思わず側にあった布をギュッと掴んでしまった。
反射的に出てきたその仕草は、僕も予想外だったけど。
僕の頭にポンと載せられたのが大きな硬い手だったから。
見上げて、黒騎士が僕の頭に無表情のまま手をおく姿を見て。
もっと予想外で僕はひぃと肩をはねさせた。
どうやら、無意識に握った布は黒騎士のマントだったらしい。
ひええ。
「連絡たのむわ」
「あいつはきっと今ギルドにいるだろう。連れてくるか?」
「任せる」と言ったジノにロッツォは動いた。
彼の行動はいつも早い。
素早く身を翻してさっさと廃教会に背をむけて。
「兄貴だとしても会いたくは無いよな。見てたのに、はぐれとジノ兄を見殺しにしやがったんだ。
ウィガロの兄貴がどう思ってんのかしらねぇが、俺は一発なぐらねぇと気がすまねぇ」
布に巻かれ、板を巻きつけられた満身創痍のロッツォは動けない。
でも今はそれでよかったのかもしれない。
直情型の彼が動ける状態だったら、きっと今後ウィガロを追いかけ殴り込んでいた予感がする。
「ノノ、案内ありがとな。ついでにねぐらを案内しといてやってくれ」
ジノの声に、兄達の不穏な様子に戸惑っていたノノも肩をはねさせた。
聡い彼女のことだから、兄達が話していた内容を理解したのだろう。
声に驚く程固まってしまったのは、事故の騒動を見ていてもジノを、ジノの気にかけていたはぐれを助けなかった兄貴分への失望なのか。
兄貴分に怒気を強めるロッツォへの戸惑いなのか。
「にょにょあんにゃいおねがあしましゅ」ノノ案内お願いします
僕は、いつもはノノに引かれる手を。
今回は僕が引きながら、固まっていた彼女をぐいぐい後ろに動かす。
「もう、ノノ姉よ。姉気分の名前くらいは言えるようになりなさいよ。
ジノ兄、ロッツォ兄、ティオを案内してきます」
僕の小さなおててで引っ張られたノノは、小さいながら姉気分になった顔を取り戻しながら歩き出す。
部屋を出るための布をめくろうとした僕だけど。
小さな僕のおててが布に届くより早く、長身の黒い影に布はめらくられた。
黒騎士。
彼は僕たちについてくるつもりのようで、布をくぐるサポートまでしてくれるけれど。
何を考えているだろう。
怖い。
まだ何かを探られている気がする。
僕はビクビクしながら、街をかけた昨日のようにノノの手を引いて歩いた。