廃教会のジノ
ノノが僕を案内した場所は予想していた廃教会。
予想外だったのは黒騎士もそのまま僕等の後について入ってきたこと。
大丈夫かなぁと不安視する僕の予感は当たってしまう。
ひぃと言いながら隠れるノノよりも大きな子供達。
黒騎士の前を歩く小さな僕と年少者なノノの姿を何?!とばかりに、あっけにとられたように見ている子。
可愛そうに。
子供に黒騎士という刺激はキツイと思います。
廃教会は思ったよりも大きくて、ここを拠点に持てるジノの影響力をうかがい知れる。
僕が拠点に決めた穴よりは、治安のいい民家の区域に少しだけ近いこの場所。
人目から隠れ後ろ暗い事をやっている連中は、この廃れた区域のより深い場所を塒にしているから、浅いこの場所はそういう人間からのメリットは少ない。
やっかいな相手と場所取り争いすることはなくても、廃墟も多いこの区画で、屋根壁残したそこそこの建物は場所取りの競争率が低い筈もない。
いくらか崩れているところもあるけれど、子供達で修復しているのだろうか。
崩れた壁には色の違う粘土が塗り重ねられ、崩れ落ちた天井には色に統一感がない廃材が張り付けられていた。
入り口の左側には枯草が溜められている。
上には柔らかい大きな葉が数枚乗せらせて。
僕はそれの用途が、僕も森で寝床にしていた落ち葉の敷布団と同じだと直ぐに思い至る。
気持ちいいよね落ち葉の布団。と、思うとなんだか共通点を見つけた気分でフフッとなった。
気持ちいいけど、落ち葉はすぐにバラバラになってしまうから。
落ち葉の下は少しくぼみがある方がいいって機会があれば伝えたいなぁと、僕は初めて来た場所をうきうき探索しながら。あっちへきょろきょろ。こっちへきょろきょろ観察に忙しい。
直ぐ止まりそうになる僕の歩みを、手を握ったままで先に進むノノが引っ張り。足が動く。
「そんなにビックリしなくても。
黒ちゃん、夜もここに来てたのにね」
わき見が多い僕のおててを引っ張りながら、ノノは黒騎士に戸惑う年長者達をとがめた。
でも残念ながら。
彼等に苦言している様で、いつも偉そうな年長者達の姿が小気味いいという本音が顔に出ていたから。
単純だよね。
やっぱりノノも子供だなぁと、僕は思ってしまう。
僕と黒騎士を従え、胸を張ってどんどこ歩くのは気持ちいいみたい。
彼女は余裕たっぷりな顔で「ね!」と、振り向き、同意を求めるけれど。
残念ながら僕は建物に見入っていたからノノの話を聞き逃してしまい。
「にゃに?」と、聞き返してしまう。
僕の反応がお気に召さなかったノノは、頬に空気を貯めこんで不機嫌になってしまった。
前言撤回。
小さい女の子のご機嫌難しい……。
衛生的とは言えない廃教会の一番奥には、枠だけ残った扉の残骸に形ばかりの布の隔たりがつくられていた。
近づくたびに香る消毒液の香り。
ジノがきっとここにいる。
僕はノノに手をひかれるまま、布の奥へと顔を出す。
「お、来たかはぐれのチビッ子」
小さな身体で生意気を言いうのはロッツォ。
彼は上半身の至る所に布と支えの木の板をつけている。
打撲の状態が思ったより酷く支えを必要としているのかもしれない。
「はぐれじゃねぇっつの。ティオだっていったよな」
やれやれとロッツォを叱るのは軽薄な笑顔でヘラヘラしているウィガロ。
「お前等の命の恩人なこと忘れんなよ」
「うぃがお、なんれいるにょ?」ウィガロなんでいるの?
昨夜、朝が早いと言っていたのはエルザだけだったか。
ウィガロもではなかっただろうか?
気を使って訊ねた僕の問いかけは、やっぱりリスニング力の足りないウィガロには通じなくて。
「ハハハまたこいつ俺の事笑顔っていってらぁ。俺の笑顔が大好きだよなティオ」
ケラケラ楽しそうなウィガロに自称僕の姉貴分ノノがすぐに訂正する。
「違うよ。ティオはウィガロ兄が何でここにいるのって聞いたのよ」
「はぁ!?お前っそんっな寂っしい事いうなよ!こいつ等心配で俺は寝泊りしたったの!!」
ノノからの通訳に、ウィガロは大げさなジェスチャーを交えて傷ついた演技をした。
うん。軽い。
このふざけた軽い感じが彼の持ち味だから。
僕はとっても軽薄なウィガロの姿にフフフと笑ってしまう。
「え?笑って……俺ってティオにからかわれてる?」
ふざけた兄貴の背中をロッツォが固定されていない左手で緩くポンポン慰めた。
「ぁーうるせぇ」
掠れた声が聞こえて、僕たちの視線は奥の布団に集中した。
「起きたかジノ兄」
昨夜まで死にかけだったジノは、治癒の実を4つ使った効果もあって。
のろのろ、慣れない片手で。でも人の手は借りずに自力で。
上半身だけおきあがった。
「黒騎士とはもう話したよな。ティオ、こいつが俺らのリーダーのジノ兄」
ぐしゃぐしゃに寝ぐせが付いたままの頭を残った片手でボリボリかきむしりながら、僕を睨むように見ている。
ジノだ。
やっぱり悪人ずらで。
やっぱり雰囲気も悪そうな印象で。
疲れと、寝起きも相まって目つきが前に見た時より随分悪くなって僕を見ている。
初対面なら仲良くなれない容姿。
だけど、僕は起き上がって喋る彼の姿にとてもとても安堵した。
噎せ返る血の匂いも、片手が切られた断面も、苦しそうに切羽詰まった呼吸の音も全部全部昨日の夜の事だった。
彼が生きて今日の朝を迎えられたのは、彼の人徳と、運。それだけ。
それだけが今の彼の命を繋いでいる。
生きててくれてありがとう。生きててよかった。
だから、僕は彼に沢山の祝福の気持ちを詰め込んで、小さなお口をニッと動かして言った。
「こんちゃ」こんにちは