寂れた地区
ノノに手を引かれた僕は、朝のロカの街を進んでいく。
商業区から離れたこの場所の朝は、ひときわ静かで。
鳥のさえずりを聞きながら、白い朝の日の光にじんわり照らされる石畳の上を歩いた。
ペタペタと小さな音を出すのは僕達の足音だけ。
静かな、ほぅっと一息つきたくなる新しい一日の朝。
石畳はひかれていても整備が届いていないこの地区は、割れたままの敷石や、舗装されていないままの路地も多い。
でこぼこした小道を、ノノは慣れた様子で進み。僕もそれに付き添った。
この区画は街中であるのに、僕の背丈ほどの雑草も放置されたまま見落とされている。
僕が拠点に決めたエリアもそうだった。
緑生い茂る秘密の隠れ家(過去形)。
一瞬拠点の表札を思い出してしまった僕は、ロマンを汚されたような、穢された様な。
僕を気にかける小さな少女の優しさを喜んでいいやら悲しんでいいやらの複雑な気持ちで、きゅぅと痛みが走り胸を片手で抑えた。
いや、いいんだ。
もう過ぎた事だと思おう。
僕は大人。僕は大人、ノノは子供。
可愛い子供の悪戯だと思えば。……、……。はがしちゃだめかな?
いや、黒騎士がありえない馬鹿力で埋め込んでいた。
でも、僕のスーパー幼児パワーにかかれば……。ううん、どうしよう。ううんううん……。
思い出せば諦めきれなくなって、未練たっぷりにうんうん悩みながら。
それでも中身が大人な僕は悲しい気持ちに蓋をして、僕の手を引く小さな背中をとことこついていく。
活気あるロカの街に不似合いなこの地区は、行き場を失った孤児や浮浪者が住み着くエリア。
衛兵もめったいに寄らないこの場所だから、近づきたがらない住民も多い。
そんな場所だから、決して安全ではない。
【犯罪者の隠れ家】なんて不名誉な呼び方をする住人もいるくらいだから。
けれども、荒れたこの地区にも秩序があって。
街に居場所がない彼等なりに、集まり。
集団を築き、そこからコミュニティが生まれ。
孤児たちがそうであるように、浮浪者達もルールと、それを率いる集団が出来ている。
もちろん、どのコミュニティからも順応できず孤立してしまうはぐれは出来てしまうけれど。
その孤立した者たち同士で、新しい集団ができたりもする。
そうして、大きな集団も、小さな集団も混在に飲み込んだこの場所は、行き場のない者が暮らすロカの聖地。と、呼んでいるのを鳥の目を借りながら聞いた時、僕は胸が熱くなった。
いいね!最高だ!
寄り付く先もなく、森で一人暮らしていた人恋しい僕にとって、この荒れた区画は輝いて見えた。
綺麗に舗装され、整えられた街の外れで暮らすマデラン親子の様な一軒家の暮らしには勿論憧れがあったけど。
暖かすぎて、尊すぎて。
僕にはまぶしすぎたから。
だから、この地区がいい。
僕はロカの街を覗き見ていく中でこの地区を拠点に決めたんだ。
ノノ達の暮らす廃協会もこの地区に建っている。
「この時間は割と安全なんだけど、黒ちゃんがいると余計絡まれなくていいね」
ノノの言葉の通り、腰を浮かせる浮浪者の姿が何度か見えた。
ジノのコミュニティがどれだけ顔が利くのか、彼を見誤っていた僕には正確にわからない。
ノノはジノのコミュニティに属した此処の住人だけど、まだか弱くて。小さな彼女に手を引かれて歩く更に小さな僕なんて格好の獲物。
躊躇してたら今日の食べ物も確保できずに飢え死にしちゃう怖さと危険合わせに彼等は生きているから。子供だからって容赦しない。
ニヤっと笑って立ちあがって、でも。二人の子供の後ろを歩く全身真っ黒な姿を目に入れた途端顔を逸らす。
自業自得だけど可愛そうに……。
黒騎士の圧は規格外。
僕はそう思ってる。
エルザと、おそらくエルザから聞いたのだろうノノは【黒ちゃん】だなんてふざけた名前で呼んでいるけど、彼はそんな可愛いものでは決してない。
黒騎士の事を知らない人間でも明らかに何かに感づくその姿。
貴族なんかの厄介な連中は近寄りたがらない、立場の弱い孤児と浮浪者にとっては住みよい筈のこの場所に。
明らかに貴族であると思わせる重厚で繊細な装飾が施された装具に身を包む真っ黒な騎士がいるんだから。
誰が見ても「こいつはヤバい」と。絡んじゃいけない相手だとわかる。
ご機嫌なノノに手をひかれながら、僕はこっそり逃げ出した住人達に同情した。