長い一日の終わり
僕を担いだままの黒騎士は、止めていた足を再び動かし始めた。
小屋に向かって。
今度は止まることもなくスタスタスタスタ進んでいく。
僕が無言のままだというのに、彼の軽快な足取りはなんだかスッキリしているようにも思えた。
僕は彼の言葉に何も答えられないまま、彼の大きな肩を跨いだままで担がれたままで。
スタスタ歩きながら、喋らなくなった黒騎士の上に乗せられたまま。
ただただ、ただただ運ばれていく。
黒騎士は口数が多い方ではないから、彼の沈黙は特別珍しい事ではなかったけれど。
僕の秘密を言い当てられてしまった今、僕は今まで感じたことが無い気まずい空気を感じている。
だけど、何も言えなくて。
ただただその肩に跨ったままでいた。
黒騎士から僕の返答をせかされることもなかったから。
それだけはまだ救いで、僕の気まずさを緩く和くさせている。
そして、そのまま小屋に着き。
「帰ってきたね。二人とも」
エルザの声は、僕と黒騎士を迎え入れてくれた。
狭い小屋の中央にはジノが寝かされたまま。
その隣には壁に寄り掛かかって座るロッツォの姿もあった。
僕と黒騎士に、ロッツォはよろよろ片手をあげる。
「よぉ」
「へまやっちまったねあんた。ジノがこんなになってんのに金物屋に近づくなんて馬鹿な事したよ」
エルザは小言を言いながら、壁にもたれて座り込むロッツォの頬に濡れた布巾をあてていた。
僕等は痛めつけられ、気を失っていたロッツォの姿をみていたから。
布巾をあてられるたび「いてててて」と言う彼の声に姿に安堵する。
痛いのか、頬を手で抑えたロッツォだったが。
「動けるんなら自分でやりな」と言われ。
よろよろ手を下げる姿は力なく、子供達に指示を飛ばしていた威厳もなく、今の彼は弱々しくてエルザに言われるがまま。
「小屋についた途端に気ぃ付いて、こいつ、ジノに飛びつきやがったんだ」
「そして、エルザからコレだ」と、頬を張られるジェルチャーをして見せるウィガロ。
彼からは騒動の渦中で見せていた張りつめた危うさが消えていて、へらへら笑う軽薄な青年の印象が戻っている。
これでこそウィガロだと思う。
そんな軽薄な笑顔。
「見てみろよロッツォの泣き面はなかなかおがめねぇぞ」と、軽口を言いながらクククと笑うもんだから。
本当に見た目通りの軽い感じにみえてきて、それが僕等に安心感を与えてくる。
張りつめていた彼は見ていられなかった。
彼はこの姿のほうがいい。
僕と黒騎士がいない間。
小傷が消えないものの、元気な様子のロッツォの姿を見てウィガロも一息ついていたようだった。
「んで……さっきは本当に助かった。ジノもロッツォも。俺まで世話になっちまって。
……本当にあんたには助けられてばかりだ。
俺に出来ることがあれば何でも言ってくれ」
黒騎士に真摯な態度で頭を下げるウィガロ。
ロッツォも続けるように壁によりかかったまま頭を下げた。
「気にすることはない。俺が勝手にした事だ」
そう言って、黒騎士はようやく僕の両脇に手を伸ばすと。
長く乗せたままにしていた肩からゆっくりと小屋の中に卸してくれる。
「いつまで乗ってんのかと思ってたわよ」とエルザの突っ込みも聞こえてきたけど。
本当にそうです。まったくの同意です。
僕も降りたい降りたいと思ってました。
僕をおろした黒騎士が立ち上がると、彼の長身から、僕は底知れぬ圧を感じてそそそっと後ずさり。
狭い小屋の中で精いっぱいの距離をとった。
おそるおそる視線を上に持ち上げてみると、黒騎士は静かにみている。
こわい。
ぎこちない僕と、静かな黒騎士。
「なんだい。背中でよだれでもたらしちまったのかい?」
「ちあいましゅ!」違います
エルザの的はずれな見解を僕はすぐさま否定した。
「よだれではなかったが……」と何か小声で含んだ黒騎士。
あんたは何を言おうとした?
肩をシャーと怒らせる僕に、生暖かい目と、ククと笑うエルザの忍び笑いが聞こえてきた。
そうして、僕にとっては気まずく、ジノの寝息だけが静かに聞こえる小屋に静寂が訪れ。
「そういえば」、と切り出したのはエルザ。時間を持て余していた四人の視線が彼女に向かう。
「あんたが欲しがってた聞きたい情報ってなんだい?」
次いで、視線は黒騎士にあつまり。
僕もおそるおそる視線を送ると。
……こっち見てる。
こわっ。
僕はブルりと肩を震わせ、すぐに彼から視線をはずした。
フッと笑われた気配があった。
絶対に黒くてデカいあの悪魔のフッだろう。
くっそっ。
湧き上がった悪態は心の中でだけにとどめる中身が大人の僕。
「情報は必要なくなった」
「はぁ?」
訳が分からないと黒騎士を見るエルザと、ウィガロと、ロッツォの三人。
うつむく僕。
「あんたいったいどんな情報が欲しかったんだい?」
エルザの問いに「必要なくなったんだ」と二度目を言ったきり。黒騎士は何も言わなかった。
言う気はなさそうである。
言う気がないならそれでいい。そうしてくれ、と僕は思った。
切実に。
夜もどっぷりくれた頃、落ち着いて寝息を立てるジノを見ながらエルザは立ち上がり。
「このまま此処で一晩明かすのもいいんだけど、あたしは明日が早いからね」
「協会まで送っていくよ」といいジノを細く筋肉質な彼女の腕で抱え上げた。
よたよたと藻掻いていたロッツォにはウィガロが背中を貸し出して。
「そうだな。あいつらも兄貴分がいないと気が気じゃないだろう」
その流れに乗り遅れず立ち上がる僕。
「ぼくもおうちにかえりましゅ」僕もお家に帰ります。
お家に帰る、と言う僕の言葉をエルザは心配そうにみながら。
「ティオもこいつ等と一緒においで。今日から一緒に住ましてもらっていいんだから。ノノもいるんだよ」
エルザの気遣いに僕はふるふる首を振って。
「らいじょうぶれしゅ!ぼくはおうちがあいましゅので」大丈夫です。僕は家がありますので。
さっさと黒騎士から距離もとりたい。
僕は別行動です、と伝えて一息したつもりが。
「ならば小鳥は俺が送っていこう」
と、変な言葉が聞こえてくる。
ギョッとしてみれば、僕をみている黒騎士が、当然のように僕を担ごうと手を伸ばしてきていて。
「ギャハハハ小鳥」
「ひーその成りで幼児相手に小鳥呼びはやべぇ」
ギャハギャハ笑い始めるウィガロとロッツォ。
ロッツォに至っては肋骨を抑えて苦しそうに涙を浮かべている。
んもおおおおっ
僕は腹が立ちすぎてとにかく、とにかく、頭に来て。
フンスッと、特大に荒い鼻息を吐き出した。
その間に、脇に伸びてきた大きな固い手は僕の小さな身体を高く高く持ち上げていき。
僕の視界は失礼な男たちを見下ろす位置に固定された。
低いところでギャハギャハ喜ぶ失礼な男達を、僕は見下ろしながらプンスカしている。
エルザも笑っているけど、控え気味な彼女の笑いには怒りが少ない。
気分は悪いけど、見下ろす視界はちょっとだけ気分がいい。
色々あった1日だった。
僕にとっても、彼らにとっても。
負傷者を抱えた二人と、長身の美丈夫の上で鼻息荒くする僕たちは帰路に分かれることになり。
「じゃあ、ティオの事任せたわよ黒ちゃん」
「了解した」
さらりと聞こえた単語に青ざめる。
了解するな!
思わず出てきた突っ込みは残念ながら僕の心の中の声。
「わん」とした声は、が黒騎士の足元に控えて利口そうに座っている同居犬だが、わんこに注目する男はこの場には居ない。
僕を笑ったウィガロとロッツォよりもよっぽど失礼な呼び方を、恐怖の黒騎士相手に仇名つけたエルザ。
僕たち三人が、あの失礼な男達でさえ静かになって。
笑うどころか言葉を失い唖然とする中。
不似合いすぎる仇名を平然と了解した黒騎士。
彼ほど「黒ちゃん」なんて可愛いニックネームが似合わない人間もいないだろうに。
あいつはヤバイ。
大きすぎる彼の器に畏れおののき僕等は畏怖した。