東の三家
東の邸宅に暮らす皇帝の妻は、レチューガ家のジョディス、ブティ家のアシュリン、そしてマッキンレイ家のキーの三人。
三家の元に皇帝からの吉報が皇帝の右腕であるモーベン直々に届けられてからというもの、三家ではお祭り騒ぎになっていた。
今代の獣の印を持つ皇帝ノルシュトティリオ陛下の次代も現皇帝と同じ獣の印。
皇帝が大変喜んでいるという報告だけでなく、その印の出た子は東の三家のいずれかの子だというのだから。
誉高い獣の印の所持者を出した家はもちろん栄華を約束されているうえ、印の子を出せずとも所有者が分かるまでは東の三家が同等に優遇を受け、次代が定められた後も同じ東の家の出として他家からの優遇が期待できるのだ。
どの家から次代を出したとしても、よしなに。と。
三家は表向き友好的に、けれども水面下ではバチバチと策略と陰謀を巡らせ始めたことも遅からずの事だった。
子の数でなら、二子を持つレチューガ家が若干有利と見られる事も想定内の事で。
「アシュリン様。レチューガ家のジョディス様からお茶会の招待状が届いておりまして?」
その日ブティ家を訪れていたキー・マッキンレイは、真っ赤な髪をカールさせ、目の覚めるような香水を纏う妖艶な美女アシュリン・ブティにレチューガ家からの華美な招待状を掲げて問いかけた。
「もちろん届いておりますわ。我が家のレンは陛下譲りの深紅を身にまとった狼の印に見合う子ですもの。レチューガ家はレンに一目置いていることでしょう」
「あら。狼の印に見合う子だなんて、冗談でもいうべきではないわ。だって、まだどの子に印があるか分かっていないのだから。ねぇ」
青い長髪に青白い肌を持つリーは、温度を感じさせない冷たい瞳でアシュリンの言葉を否定した。
リーの言葉に不機嫌になったアシュリンは、真っ赤な髪が浮き上がるほど大げさな動作でそっぽを向き。
「ダビアは、青い髪でしょ。レンは真っ赤よ。皇帝の深紅のね」
リーの息子であるダビアは、父の色より母であるリーの色を濃く受け継いでおり、青い髪に不健康な程に青白い肌を持つ陰気な子供。
半面、アシュリンの息子のレンは母が赤を纏うこともあり、皇帝の色なのかブティ家の色なのか分からない真っ赤な髪に真っ赤な目をもつ男の子。
アシュリンの指摘に、リーの持つ扇がミシリと音をたてた。
「そう。でも、レチューガの二子リーガは女の子だけど赤髪に赤目だし、長子のエルドンは陛下と同じ金髪に赤目よね」
リーの言葉に、アシュリンは真っ赤な巻き髪を唸らせテーブルに両手を叩きつけた。
「耳障りな言葉ばかりね、キー。貴方はそんなことを言いに私の所にきたのかしら?」
激情型のアシュリンはリーの言葉に苛立ちを隠すこともできない。
そんなアシュリンの姿を満足そうにみたリーは底意地の悪い笑みを浮かべた。
「誤解よアシュリン。私、貴方とは仲良くしたいのよ」
媚びる様にすり寄る青い長髪の冷たい印象をもたらす外見のリーの姿は、アシュリンの優越感を刺激する。
「私と?どうしようからしら。貴方と仲良くするメリットなんて私にはないわ」
「そんなこと言わずにお願いよアシュリン。マッキンレイ家はレチューガ家よりもブティ家と仲良くしたいの。それ以上に、私はアシュリン・レチューガと、マッキンレイ家の私ではなく、ただのリーとしてでも仲良くしたいの。本当よ」
「ふぅん。そうねぇ。なら、レチューガからのお茶会、貴方達と私達同じ馬車で行ってみる?もちろん馬車はマッキンレイ家がだしなさい」
「あら。両家の結束をレチューガ家にみせてあげるのね。ジョディスの焦る顔が楽しみだわ。馬車ね。もちろんいいわよ一緒に行きましょう」
アシュリンを見つめるリーの瞳の奥に温度はない。
彼女たちは同じ皇帝の妻として対等な立場であるとされながらも、水面下では競い合いけなしあい互いに足を引っ張りあってきている。
小さな頃から。
生まれた時から妻をめぐる争いに身を投じ。
妻に選ばれれば次は次代になる子を産む為の争いに身を投じる。
彼女たちの社交の場は戦いの場であった。
「ねぇ、それよりアシュリン。レンの背中には獣の痣があるって噂は本当なの?」
信じてなさそうに軽い口調で問いかけるキーの問いに、アシュリンは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「ええ。あるわよ。生まれた時からね」
「あの噂は本当の事だったのね?!」
アシュリンの言葉に驚くそぶりを見せながら、キーは薄気味悪い笑みをひっそりと浮かべた。
「ええ!でもあまり口外はしないで頂戴。お父様が陛下にもまだお伝えするなっておっしゃるの。次代が獣の印に決まっている以上、レンの獣の痣もきっと大きな意味をもっている筈だわ。私は痣の話を陛下にお伝えする日を心待ちにしているの」
うっとりと妖艶に、そして勝ち誇ったように微笑むアシュリン。
そんな彼女を見ながらリーは続けて。
「ブティ公が口を塞ぐ事には何か理由があるのかしら。ねぇ、アシュリン。そういえばもう一つ噂があったわよね。何処かの公家で陛下の子を死産した妻がいたって」
瞳だけを動かしリーを見るアシュリン。
燃えるような真っ赤な髪と瞳は、激情型の彼女が見せた静かな怒りには不似合いで、身震いするほどに大きな怒りを感じさせる。
「そっちはただの噂みたいね」
「ええ。そうね。陛下の子を死産するような女。同じ妻としては私は決して認めないわ」
「噂ではレチューガ家の」
「そうレチューガ家の噂話よ」
リーはアシュリンを見ていた。
アシュリンもリーを見ていた。
「また、余計な事を私ったら。ごめんなさいアシュリン。真っ赤な貴方の髪も瞳も、愛しの陛下を思い出してしまって嫉妬してしまうのね」
獣と蛇のにらみ合いのような時間は、先に白旗を上げたリーによってくずされる。
冷たい美貌のリーが媚びるように取り繕う姿を、アシュリンは悪くないと思っている。
激情型だが卸されやすい彼女は少しだけ機嫌を直すと、リーのゴマすりを受け入れる事に決めた。
「陛下には私の赤がよく似合うもの」
自信たっぷりに勝ち誇るアシュリンに、リーは冷たい笑み。
「そうねアシュリン。
それじゃあ、次はレチューガのお茶会の日に迎えの馬車でまた来るわ」
そう言って迎えの馬車へと向かい歩いていくキーを見送ったアシュリンは、自室に置き忘れられたキーの扇を見つけると床に投げつけ踏みつけた。
「あらやだ。これってキーの扇じゃない。だれか、このゴミを捨ててちょうだい」
アシュリンが踏みつけたキーの扇からは、赤い装飾から茶色い破片がこぼれていた。
肩に狼の痣を浮かべた僕は、それまで感じたことのない身軽さから確実に上昇した身体能力と、前世では馴染みのなかった魔法の力を試すところからはじめた。
よちよち歩きの完全幼児だった僕は、獣のような俊敏さとタフな体力、それに幼児の小さなおててに不似合いな握力を身に着けてしまっている。
直角に近い岩山を駆け上がる俊敏力と体力に加え、木の幹を本気でつかむと砕けてしまう握力は人間を超えた怪物的なもの。
きもいと表現できるくらいの身体能力をもつ幼児。
きもさ二倍である。
さらに謎に発現した魔法もきもい。
ちっちゃなおててから噴き出したガスバーナー級の炎にドン引きだったが、頭を切り替え今度は風だと小さな竜巻をイメージしてぶっぱなせば、端っこに小さなおてての形に握り砕いた後の残る大木の中央に風穴を開けてしまった。
使える魔法に属性の縛りは無いのか、おててから火が吹き出て、竜巻も起こせたし、水も出せた。
予想外のチート加減に怖さを通り越した気持ち悪さは、もう開き直りの域まで達してしまった。
人間とは慣れる生き物であると知っていたけど、精神守るためには慣れって大事。
狼との別れのショックからまだ立ち直りが出来ていないままなので、あまり考えずとにかく僕は動いた。
何が出来て何が出来ないのかとことん追及して、くたくたになるまで動いて寝る。
見た目は幼児なのに中身が化け物になった僕には獣の危険どころか、野生動物が寄り付かなくなったようで熊も狼との別れの後姿を見た事は一度もない。
頭の中を空っぽにして、ただひたすらに、動くだけ。