情報が欲しい
黒騎士モーベン・カネラ
その名前は、恐怖と一緒に僕に深く印象付いた。
黒騎士は見た目そのままだけど。
一瞬、彼の視線が小さなノノに守れらる僕の方へと向かってきた気がした。
けれど、ついっと流れていくその視線に、僕の中では「バレてない」という気持ちが浮かんで安堵の息。
ほぅっと息をこぼした僕の背中を、小さな手がポンポンしてくる。
ポンポンポンポン。
「落ち着いた?」
「あいあちょ」ありがとう
小さなノノが小声で僕を気遣う声に、僕も小さくお礼を告げた。
何この小さい子。優しいなぁ。と、人の暖かさが飢えた僕の身にしみてくる。
ありがたい。
僕が小さな幸福を感じている間に、エルザは武器を下げた。
彼女に肩を抑え垂れていたロッツォがそんなエルザに驚き抵抗を弱める。
「そうかい。なら、あんたが動けばあたしじゃ止めらんないね」
「……」
沈黙で答える黒騎士。
彼の纏う雰囲気は何処までも静かでそこが知れない。
エルザはロッツォを年長児の方に託すと、壁に寄り掛かり腕を組んだ。
その目は黒騎士を見つめたまま。
「あんた、屋敷の中を出入りしてんの?」
「そうだ。私用でな。時間が出来ればこの街にきている」
黒騎士の言葉に僕の背中に冷たい汗が流れる。
「お前は誰だ?」と言われたあの声は今も耳から離れない。
今静かにたたずむこの男は、あの時は僕に向けて敵意を向けていた。
身が凍るほどの恐ろしい強者からの圧。
思い出した僕はまた、ぶるりとしてしまう。
「ふうん、ねぇ。取引しない?」
「取引だと?」
「そう。あたし達あんたが見た子供を探してんだけど、あっちは貴族の区画だから。あたしらは入ることができない。でもあんたは違うでしょ?」
「子供を俺に攫ってこいと言っているのか?」
「それでもいいけど、してくれるの?」
「……」
「そう。あたし達はその子供を取り戻したい。だから、あんたからあっちの屋敷の情報を貰いたい。ねぇ、頼めるかしら」
黒騎士は無言でエルザをみている。
エルザは黒騎士の視線を正面から受けながら、革袋の財布を差し出した。
「タダでとは言わないからさ」
エルザが差し出した革袋をロッツォが青い顔で見て息を飲んだ。
きっと、彼女がジノの為に差し出そうとしているものを返す採算がつかないんだろう。
ロッツォはルールと義理を守る男のようだった。
エルザの革袋をみて、それからゆっくりと彼女から子供達に視線を向けていく黒騎士。
「いや、金はいい。……代わりに情報をくれ。それなら俺も力を貸そう」
「情報?」といぶかしむエルザと子供達に、黒騎士は二ッと初めて笑みを浮かべ。
「街の事には詳しいんだろう?」と黒騎士が尋ねる。
もちろん!と肯定するロッツォ達に、黒騎士は笑みを浮かべたまま。
「俺はとんだ周り道をしていたようだ。街の事なら子供達に聞く方がよほど早い」
クククと上機嫌に、彼は仲間に腕をつかまれていたロッツォの前までやってくると。
「一緒にこい」と、腕をつかみ、子供達の拘束から解放した。
こくり、と決意をもち頷くロッツォ。
「ねぇ、ちょっと!」
エルザが、早々ロッツォを連れ貴族の邸宅への道を歩き始めた黒い背中に声をはる。
「心配するな。こいつの身柄は俺が保証する。お前も来るか?」
お前も邸宅に来るか?と問われたエルザは、組んでいた腕を解くと両手を軽く広げて見せた。
私は行かないというジェスチャー。
今度こそロッツォ一人を連れた黒騎士は去っていった。
「聞いたね。ジノが捕まって貴族の連中が警戒してるって。
此処はあたしに任せて、あんたたちは帰りな」
黒騎士とロッツォが遠ざかっていき、呆然と成り行きをみつめていた子供達にエルザはシッシッと解散を伝えた。
心細そうにしながら、けれども、彼等の信頼厚いエルザからの指示にばらばらと離れていく子供達。
そして、残ったのはエルザと僕とノノ。
「あんたたちも離れるんだよ」
逃げていいと追い払うエルザに、僕はゆるゆる首を振った。
僕が拒否したことで、逃げようとしながら動かなかった僕にそわそわしていたノノが口を開く。
「エルザねえ、ティオったらビビッて歩けないの」
「そうなのぉあらあらたいへんねぇティオ」
ビビッてます。確かにビビってましたし今もビビッてます。
でも動けないから動かなかったんじゃないんです。
スーパー幼児な僕には出来ることがありまして。
それより、いつの間にか二人から呼びかけられるティオティオ。
んあああああああもうっ
「ちあいましゅ!ぼくはここにのこりましゅ!」違います。僕はここに残ります。
僕の否定を聞いたノノはぐいぐい僕を引っ張って帰ろうとする。
踏ん張る僕。
「あら、なかなか力強い子ね」なんて言いながらエルザも参戦し。
ここで頑張っては怪しまれると力を抜いた僕は小脇にかかえられてスタスタ連行されていく。
僕はエルザに抱えられたままうねうねうねうね抵抗した。