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保護者は狼

皇帝の言葉を知るすべもない僕は、政とは無関係な森の中で狼の加護を受けすくすくと育っていた。





自力で立ち上がる力もなかった時より少しだけ成長した今は、狼の背につかまり森の中を縦横無尽に駆け回っている。


食べたい


と、願えば意思が通じているかのように木の実をとってくれる狼は、僕にとって欠かせない命のパートナーになっていた。


狼のお乳を卒業したばかりの僕は、まだよちよち歩きで足元もおぼつかない。

ふらふら、よちよち。

歩いては転がりながらでたいした移動も出来ない幼い身体で。

食べ物を自力で確保するすべもなく、尽くしてくれる狼からの加護に甘えっぱなしになっている。


それにしても、この狼は変わり者で鳴きもせず、食事も僕と同じ木の実や魚だけで肉を食べる様子もない。

この森には人どころか狼以外の獣もおらず、群れで暮らすはずの狼がどうして甲斐甲斐しく人間の子供の世話なんてやいているのだろうかと、何度も疑問に思いつつ。

生死に関わる存在なので手放せる筈もなく今ではすっかり依存状態。


ありがとう。

大好き。

愛してる。

ずっと傍に居て。


と、いつも心の中で狼には感謝と束縛を伝え続けていた。


優しい狼に暖かく加護されながらすくすくと育った僕は、ようやく二本の足で立ち始めたばかりの赤ん坊であったが、中身は記憶喪失気味の初老のおっさん。

なので、純粋成分は少な目に。

現実的な生死を左右する損得勘定含めた、ずっしり重めの感謝の比重を日々日々強めている。





もう一生ずっと離れないからな、と思っていた僕ですが。

麻布腰巻生活はそろそろ嫌だな。

服が欲しぃなぁなんて、願ってしまったばかりに。



狼の保護者がある日突然きえてしまった。



きっと僕の服を探しに行ってくれたんだろう。と予想は出来るものの。


傍を離れてしまうくらいなら服なんていらない。一生腰巻スタイルでいい。

と、後悔しながらひたすら狼の帰りを待つばかりの無力な僕。




悪い事は重なるもので、不安いっぱいで狼の帰りを待つ僕に新しい試練は直ぐに訪れた。

違和感を感じたのは、加護してくれていた狼が姿を消してすぐの事。

何処か不気味で薄暗いような気がして、普段は感じなかった気配も感じると思ったその違和感は、日に日に強くなっていき。


僕の住処になっている森は居心地悪く変化していった。


まずいな。これは危ない。


そう感じる事は出来るのに、僕に出来る事は加護してくれた狼の帰りを待つことだけ。



薄暗い森の中、いつもは狼と過ごしていた暖かかかったはずの寝床で。

小さく丸まって過ごしている僕。


満足にご飯も食べられていない。

僅かな食料と水で心細く膝を抱えるだけの僕。


すっかり居心地の悪い場所に変わってしまった森を歩き回る勇気もなく、おとなしく寝床で小さくなっている僕。

小さなお膝にお顔をくっつけてじっと目を閉じていた時に、それはやってきた。




初めに感じたのは生臭い香り。

ツンとした刺激臭に目を細めて、不思議に思って顔を上げた僕の耳に、今度は獣の咆哮が届いた。


ビリビリと耳を揺らした咆哮は重く低く、音を耳だけでなく身体で受け止めたように僕の身体は無意識に揺らされ。


ズンと重くなる空気は、咆哮の主がまるで僕に向かって歩んでいるかのように恐ろしく、重く僕の身体に重く突き刺さっていた。


息苦しい。


緊張した空気が重く、恐怖に支配された僕の小さなおてては汗ばみ、ぬるぬるときゅっと握りしめた拳を湿らせる。


怖い。


ドキドキと胸ではなく耳の奥で脈打つかのような大きな音を出す心臓が、ドクン、ドクンと大きく鼓膜を打ち付ける。


耳が拾う心臓以外の音は、森が鳴く声。

踏みしめられた大地と砕ける落ち葉の葉音、そして擦れる木々と枝が裂ける音。

だんだんと大きく聞こえる音の意味は、咆哮の主がまっすぐ僕等の寝床へと向かってきているという事。


僕は周囲の草木で身をおおってみるが、相手の注意は此方から離れていない気がした。


場所はきっとバレている。


そして、加護してくれていた狼が傍にいない僕は、きっとただの餌になる肉。



詰んだ。



絶対絶命の中で、波打つ心臓を無視して僕はよちよち足を動かして脱走を試みる。


戻ってきてください狼さん。僕を守ってください。服なんていらないから。全裸でも文句言わないから帰ってきてください。


スピードが出るはずもない僕のよちよち歩きに、獣の気配はどんどん近づき。




「っ」


左肩に走る激痛に身体を縮めると同時、大きな牙を持つ熊の巨大な顔が僕の隣にあった。


「……はっ……はっ」


熊は僕の左肩に牙を立てた後、すぐに爪を振り上げたがそのまま固まる。


「はっ……はっはっ……はっ」


吐く息の音だけを出す僕は、左肩の痛みと熊への恐怖で固まっていたが、いつまでたっても振り上げた爪を下ろしてこない熊を恐る恐る見上げてみる。



「はっ…はっ……はっ……え……」


僕を押さえつける巨大な熊の首には、僕の大好きなあの優しい狼の牙が食い込んでいた。




痛みに気を失いそうになりながら、安堵を浮かべた僕は必死に熊の下からもがいてもがいて這い出し狼のそばに行き、その暖かい優しい狼の毛に顔を埋めようとしたが。




僕の触れた大好きな狼の体毛は、冷たく毛並みが悪くなった固いものになっていた。

まるで、死んでから時間がたった狼の死体であるかのように。


狼の鋭い牙は深く熊の首に食い込み、熊は絶命しているもののまだ暖かいまま。


対して熊を仕留めた狼は、獣につけられた傷ではないような打撲痕、焦げたような後、切り付けられたような無残な傷に傷つけられ硬直し冷たくなっている。


狼につけられた傷は獣の仕業ではない。

知能を持ち、道具を使える人間の仕業だとすぐに分かった。


あまりのショックに痛みよりも衝撃が勝り二体の亡骸の傍に呆然と立ち尽くした僕は、狼の傍らに小さな人間の服が落ちているのに気が付く。

小さな僕には少し大きめのその服は、僕が欲しいと思って願っていた希望そのもので。

それを見た瞬間、僕の目からは止まらない涙が滝のように流れ始めた。






わんわんわんわん赤子らしく泣き出した僕の目は、だんだん光始めるとついには燃えるような真っ赤な光をだし、真っ赤な光る目からは真っ赤な涙がボタボタ狼の亡骸の上に降り注いだ。


気を失うほど泣いて泣いて泣いて倒れた僕は、本当にそのまま気を失ってしまい、目を覚ました時には。












大好きな狼の姿はなくなり、首に致命傷を負い息絶えた熊と、僕の姿だけが残されていた。


訳が分からない僕。

そういえば肩の傷に痛みがない、と。肩を見てみれば、そこには昨日までなかった狼のような中二病のあざが浮かび上がっている。


「??」


もう訳が分からない。

訳が分からない事はもう一つ。


なんだか魔法なんていう中二病的なミラクルが起こせそうな予感がして、手から炎なんてでちゃう事を思い浮かべると。


ボウっとガスバーナーから吹き出るような炎が幼児のおててから発射出来てしまった。


あ、やべ。山火事注意。


ファンタジーな驚きに、中年のおっさんらしい驚き方で頭の中は大混乱。

僕は頭を抱えてその場で蹲ってしまったのだった。

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