ついに僕は人里へ。目指せロカの街
そびえ立つ外壁は立派で、腰に剣を差し込んだ衛兵が交代で守っている門には街の外からの来訪者が審査を待つ列をつくりズラリとならんでいた。
大きな荷馬車を引く商人の集団や、家族だけで移動してきたような小さな集団。
剣を差した探索者パーティーの姿も見える。
初めて街に入る僕も、幼児だけどしっかり並んで門から入る。なんていう考えは無かった。
僕は鳥の視界から何度も見たルートを思い出しながら。危なげなく小さな身体を草木に紛れさせ。
こそこそこそこそ、門の列から離れた外壁に移動して。
見つけた
大人には少し狭そうなその穴から、うんしょうんしょと街の中に侵入していく。
暗い穴を抜けた先は。
ガヤガヤと喧騒に包まれた活気のある人里の中。
「うへああ」
僕は、初めてきた街だけど。何度も見てきた街だけど。小さな身体になって初めて入った人里に。人工物に。胸が熱くなって、感動でいっぱいになって打ち震えた。
ぷるぷるぷるぷるしている小さな僕。
感動に打ち震えて止まらなくなっただけなのに。
客観的には不安に震える幼児に見えた様で。
「あら、僕迷子?」
「んえ?!」
馴染みのある声に振り向いた僕は、声をかけたのがマデランの母であった事に驚いて、飛び跳ねた。
「あら、驚かせてしまったわね。ごめんなさい」
優しい声は何度も聞いたことがあるマデランの母の声。
何度も聞いて、何度も見てきたその目が僕を見て、僕に声をかけて気遣ってくれている。
小さな僕の身体は正直すぎるみたいで、マデランの母を見つめる僕の視界を涙の幕が覆い始めた。
「あらあらあら、涙が」
「あのあの、ちあうんれちゅ。ぼくは、まいごじゃあいんれしゅ」
違うんです。僕は迷子じゃないんです。たったそれだけの言葉が言えない。噛んじゃう。
特にさしすせそが難易度高すぎる。屈辱のちゅを気をつけたらしゅが出た地獄。
涙目で真っ赤になる僕に、マデラン母は微笑んだ。
「ふふそうなのね。分かったわ。1人みたいだけど、お家の人はどこかしら?」
「ぼくと、ぼくお母さんと、いっしょ、さがす?」
「んえ?え?マデリャン?」
いつの間にか背中を撫でてくれる小さな手が僕に優しくついていて。
気がつけば、いつからそばにいたのかマデランまでが僕を見ていた。
びっくり!
しかもマデランはさしすすそ行を言えている。
悔しい!
驚きすぎてついついマデランの名前を言ってしまった僕。
あ、しまった。
「マデランの事知ってるの?」
「んええ、んと、んと、んとぉ」
言えない。覗きも盗聴も。
ほとんど毎日お二人の事見てきたんです。僕。という本当の事は言えない。
「お母さん、このこ、こまってる。め!よ。
マデラン、マデランだよ。
いい子、いい子したげる。なかないで」
「そうね。マデランの言う通りね。ごめんなさい。
もう聞かないから泣かないで」
マデランッッいい子ぉぉっっ。
盗聴、覗き見の後ろめたい僕には眩しいくらいに、マデランの真っ白で無垢な優しさが身にしみすぎる。
でもごめんね。マデラン。僕君より大人よ。気持ちはすんごい年齢差。
呂律はマデランより幼いかもしれないけどね。
僕は焦がれていた人間の温もりに触れ、温められて。
幸福すぎる幸せを噛み締めた。
狼が消えてからは1人だったから。
本当に、身にしみる。
僕は優しい2人を見つめながら、保身の為の嘘をつく。
「まえね、マデランおかあしゃんが、マデランよんでりゅのきこえたよ」
「あら、そうだったのね。初めて会ったと思うのだけど、この街に住んでいるの?」
「ううん、ちあうとこー。ぼく、ここがおうちじゃあいのよ」
「旅行できたのかしら?」
「あい」
森からヌルっと出てきました!
とは言えず。
僕は曖昧に笑いながら、マデラン母の言葉に頷いた。