別の熊がやってきた
深い森の中。
僕は頭を抱えて考え込んでいた。
まさか、あのタイミングで鳥の視界を借りている僕に声をかける人間が現れるなんて……。
しかも、かけられた言葉は思いっきり人間宛。
鳥にかける言葉じゃない。
バレてる。覗きがバレてる。
後ろめたい。
いたたまれない。
あの黒い男が怖すぎてトラウマになる。
「あうあうあうあうあうあう」
小さな僕は、小さなおててで小さな頭をかかえて、あうあう悩んだ。
マデラン親子を通してみる街での暮らしは手放しがたかったから。
その日、僕は熱をだした。
小さな僕があうあう悩んで、悩んで、悩みすぎて知恵熱を出してしまったんだと思う。
鳥の視界を借りた探索は、もう僕の日常になっていて手放しがたい。
でも、あの黒い騎士の姿を思い出すだけで身が震えてしまい逃げ出したくなってしまう。
どうしよう、人里の情報は欲しい。
マデランと一緒に学びながら、僕の言語はかなり上達していると思う。
始めは理解も及ばなかった異国の街の商店の場所や、異国の街での暮らしにも理解はずいぶん深まっている。
人里に向かう準備がととのってきている。
でも、万全を期していきたい。
もっと情報欲しい。
のぞき見は黒いのにバレる。
あうあうあうあうあう。
あうあう高熱にうなされた僕は、小さなウサギの毛を身体に乗せて、狼に貰った幼児服に身をつつんだまま小さくなった。
頭痛い。
熱だもんな。
ガンガンする。
弱りかけの僕は、いつもある肩の痣のじんわりした熱がだんだん無くなっていることにその時は気づかなかった。
ガサッと地面を踏みぬく大型の足音に、僕は顔を上げた。
目前に迫る大きな黒い塊。
忘れたこともないその姿。
熊だ。
僕は熱で弱った身体を無理やり動かし跳ね起きた。
今まで決して姿を見せることのなかった動物が、僕の傍に迫っている。
何で?
もう強者と認識していた僕を脅威に感じていないのか?
僕ははぁはぁ呼吸を荒げながら必死に足を動かした。
いつもなら軽いからだが、今日はズンと重くて動きにくい。
両方のおててを突き出し、
「ばぁあぁぁ」
「バーナー」と力強く叫んだおててからはマッチ程の火が出て消えた。
「んえ?」
マッチの点火に、刺激を受けた熊が距離をつめてくる。
やばすぎる。
恐怖。
僕はもう一度開いた両方のおててをつきつけ、
「おみじゅぅぅぅでじょー」
「水出ろ!」と叫んだ僕の手からは勢いの着いた水が発射され熊の巨体にむかっていく。
怯んだ熊の隙を見た僕はゆっくり、ゆっくり距離をとり。
暫く離れた先で僕にも上れる木を見つけてよじよじ上へ上へと上った。
熊は木登りができる。
そんな知識がある僕だけど、熱で頭は働かなくて、僕は必死によじよじ上を目指した。
上に上にと、上り上げた木の上で。
今更のようにこみ上げてくる恐怖心から、小さな身体を抱きしめて。
小さく小さく丸くなって、そして、いつもの安心するあの肩にある痣の暖かさを求めて撫でた肩は。
冷たかった。
熱を出した僕の身体は熱く、痣よりも熱の体温が上がっているのかもしれない。
僕は木の上でそのまま一夜をあかした。