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誕生

重い瞼を開いた先に見えた世界は、僕の知らない場所。


ゴワゴワしている麻布のような物に寝かされている僕は、どうやら森のような場所に転がされている。

まばゆい太陽から視界を隠すように持ち上げた手は、驚くほど小さく重かった。


子供の手?


いや、それよりもまだ小さい。


赤子の手。


僕は初老の会社員だった記憶があるのに、知らない間にずいぶん小さくなった身体に驚かされる。

これは夢だろうか。

身体は寒く、重く、何よりも太陽の光のまぶしさが痛いほど目を刺激している。

夢とは思えない。現実だろう。


初老の男で、日本で会社員をしていた事は覚えていても他の事は分からない。


名前も、昨日の事も、場所も、何も。分からない。





お腹空いたな。


ただ生きている事は間違いないようで、強烈な空腹に襲われている事は理解できた。が、身体は重くどれだけ起き上がろうともがいても手足を振るくらいにしか動かない。


「ぁー。ぁー」


声を出しても意味をなさないうめき声しかあがらない。

絶望的な状況。


ガサリと音を立てた傍の草木がゆれ、現れたのは毛に覆われた。


野犬……いや、狼か?


絶望感に包まれた瞬間だったが、狼はペロペロと頬を舐めると食肉に噛みつく様子もなく僕の身体を温める様に寄り添ってきた。


暖かい。

ペロペロと頬を舐める狼に包まれながら、僕は本能のまま狼の乳を飲み始めた。

味なんて分からない。

ただただ暖かかった。



満腹になった僕は再び眠りにつく。

暫くすると、うっすらと開かれた瞼の中から赤い瞳が緩やかに光りを放ち始め、狼がその光を隠すように優しく僕の体を覆ってくれる。

暖かい体毛の中の僕は何も知らずに幸せな眠りについていた。




光に包みこまれた瞬間から、僕の運命が動き出す。

僕が知らないまま。














「おお」


重厚な装飾に彩られた錫杖に浮かび上がったのは赤い獣の印。

皇帝ノルシュトティリオ・ドゥ・ハッセルバッハは暖かい赤と緑のやわらかいガウンを脱ぎ捨て立ち上がると、錫杖の印に目を輝かせた。


「生まれた。生まれたぞわしの子が。獣……東か。東に獣」


カールした金の髪に真っ赤な瞳を持つ麗しい皇帝は、喜びに震えながら。


「モーベン!東の邸宅に今すぐに使いを出せ!」


「はい。東の邸宅は三家ありご子息は四名おられますがどのご子息でしょうか」皇帝の声に、黒い装いの長身の騎士モーベン・カネラは跪き問いかけた。


「分からん。三家すべてに伝えろ」


ギラギラした歓喜の瞳を輝かせはっきりと告げる皇帝の言葉に、モーベンもまた笑みを浮かべながら頭をさげる。


「かしこまりました。すぐに手配いたします」


ハッセルバッハ帝国の皇族は、血筋よりもその血統から受け継がれた眼力を継承の証にしている。

現皇帝ノルシュトティリオも先代、先々代に習い沢山の妻と子を持ち十四人の子宝に恵まれているが、次代の座は生まれの順ではなく皇帝の血筋にのみ受け継がれ現れる赤い瞳の印の子に受け継がれている。

印は獣の印と、鳥の印の二つがあるが、その代によってどちらの印が現れるかはまちまちであり二つが同時に同じ代で現れる事はなかった。

獣は武力に優れた指導者になり、鳥は知力に優れた指導者となる。

当代皇帝の印は獣の印で、二代続く印の出現に歓喜を隠せない様子であった。


それもそのはずで、代替わりに別の印が現れた代は必ず血が流れている。

同じ印が二代続くということは代替わりに血が流れることがなく、当代が優れている証だと考えられているからだ。


「他の方角にご生家を持つご子息についてはどういたしますか?」


モーベンが退出後、皇帝の傍に控えていたままであった文官の出である男ベジィエ・バネネロの問いかけに皇帝はわずかな不快感を出した。


「もちろん、東のご子息への対応が急務ではありますが」


皇帝の機嫌を気にかけることなく言い加えるベジィエは、ひょろりとした見た目に神経質な雰囲気を持ち眼鏡をかけており、美丈夫で大きな体格を誇る皇帝や先ほど退出したモーベンとは真逆の男。

華奢な見た目に反し、ひるむ様子無く進言出来る豪胆な様子はどこか不気味な姿でもあった。


「印のない方角の子供達と妻には、東の子と妻に一段劣る対応としよう。むろんわしの子である以上支援は出すが、後継者には数えない」


子である事以外の価値は着かないときっぱり言い切った皇帝に、ベジィエはうすら笑みを浮かべて頭をさげる。


「かしこまりました。ではそちらの対応は私にお任せください」

「うむ。いい様にしてやってくれ」

「御意に」


用は済んだと錫杖の赤い装飾印をうっとりと撫で始める皇帝の姿に、ベジィエは笑みを深くしながらゆっくりと背を向けた。












皇帝の使いであるモーベンが運んだ吉報は、東の邸宅の妻と子供達を大いに喜ばせた一方、遅れてベジィエから告げられた知らせに残りの邸宅では肩を落とし嘆く妻子や親族達の姿があった。


この件で東の三家は力をつけていく一方で、東以外の生家は力を落としていく。

三家の中の一家と強い結びつきを求めつながる者。

皇家と距離を置き始める者。




この日を境に、次代の席をめぐる陰謀が静かに動き始めた。







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