File4 ラプラスの悪魔は笑っている
この世界は気まぐれなのだと思う。
君にいい顔をする時もあれば、悪い顔をする時もある。誰にだってそう。誰かが世界に嫉妬をしてもおかしくないくらい、それはみんなに平等に接している……。
わけがない。
ビーシュとケイハンが出会って四ヶ月。二人は完全な自給自足生活を確立させ、のどかな暮らしを送っていた。
二人がみつけた海の先にはまったく違う環境が、自然が、生活が広がっていた。そこは初めに着いたところの、反対側に位置する大陸でとても生物が住みやすい場所だった。二人は早速拠点を作った。二人の力を合わせたら、あっという間にそれは出来上がった。
そこでの生活が安定してきた頃、二人は近くの山に見つけた洞窟に潜ってみることにした。そこに生息していたものは凶暴で、ビーシュの化学の力やケイハンの肉体の力を持ってしても困難が続いた。しかしそこでの経験は、二人の仲を深める大きな要因となった。
この世界はとても強くて案外脆い。
一つの生命体、一つの種族程度でどうこうなるような存在ではないこの世界は、小さな変化一つで、結果的に大きく姿を変える。今既に、数億年後の未来が決まっていっているといっても過言ではない。過去と未来は繋がっている。過剰に頑丈で強固な鎖で繋がれている。
……まるで今のビーシュのように。
ビーシュの目が揺れる。ビーシュの見ている世界も揺れる。どういう状況なんだろう。どうしてぼくはこんな目にあっているんだろう。ケイハンと一緒に畑仕事をして、一段落付いたから家に戻ろうとしたら突然気を失った……。ケイハンは無事なのかな、ケイハンも……そうだ、思い出した。すっかり平和ボケしていた……。
「そういえば、ケイハンの拠点を破壊した存在がいたんだ」
四ヶ月前、ぼくたちが出会った直後にケイハンの仮の拠点を爆破した存在がいた。はじめの頃はかなり警戒していたと思う。でもそれ以降何もなかったからすっかり安心しきっていた……。
「ね、呼んだ?」
ビーシュは声のする方に素早く顔を向けた。その顔は怯えきっていた。でも視界にそれが写った瞬間、安堵に包まれた。そこには普段と変わらないケイハンの姿があった。
なにも変わらない。怪我も、擦り傷一つ付いていない。ケイハンは大丈夫。
ビーシュはついさっきまで自分が考えていたことを忘れ、気を緩めた。ケイハンがいたら大丈夫だ。誰かが来ても戦えるし、ぼくを拘束するこの鎖も砕くことができるだろう。ケイハンは、ぼくたち地球人とは比べ物にならないほど強いから。
ケイハンは、ビーシュの気の緩みを見逃さなかった。
「どうしてかこんなことになっちゃってさ、助けてよ。ケイハンならこの鎖も砕けるでしょ?……ケイハン?」
ケイハンの顔に感情はなかった。そもそもが地球人とは異なる顔のつくりなのだが、それでも感情ぐらいはわかった。でも今は、なにもなかった。ビーシュは身体が裂ける感覚に襲われた。それほど冷たい印象を受けた。異変を感じるまで、膨大な時間はいらなかった。
いいや嘘だ。ビーシュはその感覚に気づくまで、実に四ヶ月をかけた。ケイハンは変わっていない。初めからこうだった。ただ自分を偽って見せていただけで、中身はいつでもこうだった。
「どうしたの、ねぇ……ケイハン……?」
ケイハンはなにも答えなかった。それが余計にビーシュを困惑させ、恐怖の中に突き落とすこととなった。ビーシュの身体が小刻みに震えだした。本能が叫んでいた。彼女は危険だと。でも今の地球人は、それを正しく認識することができなかった。
ケイハンはすっとビーシュの前に座り込むと、その力強い指で、震えるビーシュの頬を撫でた。鋭い爪が肌に道を刻み、ツーと赤いものが垂れてくる。ケイハンは指に付いたそれをじっっっと見つめ、その後ペロりと舐めとった。そしてよく味わって飲み込むとようやく口を開いた。
「そんなに怯えないでよ。私だよ、ケイハンだよ」
満面の笑みだった。ビーシュがいつの間にか惹かれていっていた顔そのものだった。
その言葉は正しい。嘘偽り一切ない。例え相手の心がわかっても、どこにも問題はないだろう。それが大きな問題なのだ。
「私はあなたがよく知るケイハン。そうでしょ?」
そうだけどそうでない方を認めたい。都合の悪い事には気づきたくない。ケイハンが……危険な存在だなんて、信じられるわけがなかった。
ビーシュの目には、既に今まで通りのケイハンは写っていなかった。
世界は唐突に崩れ出す。ずっと昔から決まっていた。避けようのない未来だった。
聞こえる者には聞こえるだろう。
パキッ……という、乾いた弱々しい音が……。
つづく。
こんにちは!はとです!
この世界が作られたその時から、こうなることも……その後に起こることも決まっていたのです。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
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それではまた!( *¯ ꒳¯*)ノばいばーい♪