敵情視察は有意義に 1
「「………………」」
私は、ポカンとした顔で黙り込んだ二人にバシッとウインクをキメた。いやいやいや、だって、今一番の流行なのよね? ドル箱なのよね? そんなの、技術を盗みに行くしかないじゃない。
「オルコットってほんとにバカなの?」
「お嬢様、そんなことしてるお金有りませんよ!」
「こ、これは必要経費よ!!」
「本当ですか!?」
「失礼ね!? そんなに疑わしいとでも!?」
スンッとした顔で頷く二人。
「いや本当に、私のことをなんだと思ってるの!? お金稼ぎたいわよ! 本気よ! だって命かかってるもの!!」
「それはそうでした」
「ん。オルコット、頑張れ」
「殺す側の人に応援されるのもなかなか複雑ね……」
しかし、あれやこれやと言っている時間はない。追放された原因になったヒカリちゃんの成功の証を見に行くなんて嫌だとか、どうして私がとか。
今まで貴族令嬢として生きてきた誇りなんて捨てて、生き残らないといけない。なりふり構っていられないのだ。だってもう私は、自分の人生をベットして、アルトと、おじいさん、おばあさんの3人を巻き込んでしまったのだから。
「よし、じゃあ行くわよ!」
なんとか、街のチケット屋さんでチケットを手に入れた私たちは、早速アイドルのコンサートにやってきていた。資金は、アルトが宝石を売ったお金から拝借。本人合意の元だが、罪悪感がすごいので、絶対に有意義なものにすると心に誓った。
アルト、あなたには本当に迷惑をかけてばかりね……。
ここまで来た以上、しっかり目に焼き付けて帰らなければ。元々大きな目をカッと見開き、まだ真っ暗な舞台を見つめる。それから少しした後、パッとスポットライトが舞台を眩く照らし、ヒラヒラした服を着た、5人組の男の子たちが現れた。
その瞬間、息を呑んだ。ヒカリちゃんが考えたというアイドルは、思ったよりも、ちゃんとアイドルだった。
光魔法を閉じ込めたステッキをペンライト代わりにし、会場を暗幕で覆って暗くして、アイドルたちに光をあて、全ての光がアイドルたちのために瞬いているようにみせる。
ポップな曲で踊っているアイドルたちは楽しそうで、気がつけば私もアルトも笑ってしまっていたのだからすごい。ちなみに、みゅーくんはずっと無表情のままだった。
「すっっごかったわね……」
「すごかったですね…………」
「とうっ」
「んっ!?」
公演後。アルトとライブの余韻に浸っていたら、みゅーくんから首にチョップが落とされた。
「なっ、何するのよ!」
「腑抜けた顔してたから。そんなんじゃ視察の意味ないでしょ……って、なんで僕がこんなことを」
「し、心配しないで! アイドルの誰よりもみゅーくんの方が綺麗だしっ、可愛いしっ、ちっとも負けてなんかな……」
「そんなこと心配してない。オルコットうざい」
「あぁああああ! かわいいわね!! かわいいわね!?」
「コイツ暗殺者ですよ、お嬢様」
「それは、そうだけど。ずっとビクビクしてるのも疲れるし、おかしいじゃない? だって私、死ぬつもりないもの」
そうだ。死ぬつもりなんて、この首をお金に換えるつもりなんて、さらさらない。私はオルコット=リコエッタ。運命なんて変えちゃう悪役令嬢。エラーが発生した日から今まで、ずっと、ずっとそう思って生きているのだから。
「心配しなくても。私、ちゃんと見つけたわよ」
「え?」
「どうしてみんながアイドルに引き寄せられるのか」
「それは、アイドルたちが頑張っているからじゃないですか?」
「違うわ。それもあると思うけど、観客がアイドルに惹きつけられているのは、本人たちの魅力だけじゃない」
私は一呼吸おいてから、ビシッと二人に人差し指を向けた。
「その仕組みは、会場にあるわ」
よく分からない、といった顔をしている二人の前で、私はまるで先生のようにパチンと手を叩いた。ずっと役に立たない側だったから、二人が真剣に話を聞いてくれているこの状況は、ちょっと気持ちいい。
「まず、どうしてアイドルは人気が出たのかしら?」
「それは、大衆が舞台や芸術よりもっと分かりやすい娯楽を求めていたからではないでしょうか?」
「確かに分かりやすいよね。キラキラしてるし」
「そうよね。ぶっちゃけ曲はありふれたものだし、パフォーマンスも目を見張るほどレベルが高いわけじゃないのに、現実を忘れそうになるぐらいキラキラしてる。それこそ誰が見てもなんか楽しいって思っちゃうぐらい。でもこのキラキラって、一体何からきたものなのかしら?」
よくよく考えてみると、アイドル自身が発光しているはずがない。いくら乙女ゲーム世界といえど、顔が良すぎたら発光する仕組みなんてあるまいし。
そもそもそれなら、アルトやみゅーくんも光っていないとおかしい。こんなに顔がいいんだもの。
アイドルはよく、夢を叶える過程を推すとか言うけれど、異世界に武道館はないし、私生活を配信できる媒体もないし、多分アイドルの子たちもよく分からないままアイドルをやっているはずだから、それもない。
そう。なら、アイドルたちにあって、アルトやみゅーくんにないもの。
「それは、ステージっていう環境からよね」
「ステージ、ですか?」
「えぇ。どうしてアイドルは、舞台にいると、アイドルになれるのかしら。それは、魔法をかけてもらえるからよ。スポットライトやサイリウムっていう、光を」
よく考えてみたら結構物理的な話だ。上から光を当てるから。そして、自分達も光で照らして支えるから。そうしているうちに、自分達とは全然違う、遠い世界の人間に見えてくる。
そもそも『推し』という概念がなかった、この世界だからこそ、アイドルは新鮮味があったのだろう。リアル王子様はいても、刷り込まれた身分意識が彼らを推しの対象にしない。舞台俳優も高尚なイメージがある。となると、自分たちの手で直接支えられる立場のアイドルは多分、距離感もちょうどいい。
「ほら、見てちょうだい」
私は、サイリウムもどきのスイッチをオンにし、みゅーくんを照らした。そして、光魔法でそれっぽくエフェクトをつける。するとみゅーくんは途端に嫌そうな顔をして、目を細める。
「なに、眩しいんだけど」
「銀髪が、反射して本当に綺麗ね」
「は?」
「どう? アルト。アイドルみたいでしょ」
「そう、ですね。ちょっと、ほんの少しですが、そう見えなくもないです」
アルトは口ではそう言いながらも、驚いたように目を丸くしている。
結局、人を作るのは環境だ。例え20歳でも、制服を着ていたら高校生に見える。免許がなくても、白衣を着ていたら医師に見える。それと同じ話なのだ。
「ふふ。アイドルは、作れるのよ」
だったら、誰もを惹きつけてやまないような、舞台の上のスターだって作れる。作ってみせる。私が!
だってこのままだと死ぬから!!
「だから、私もやるわ!」
「何をやるんですか?」
「舞台制作よ。正直、今までお嬢様生活が長かったから何の役にも立てないって少しへこんでいたのだけれど。それなら、こうしちゃえばいいのよ。この世界には魔法があるのだから」
そう。私は、仮にも王妃になることを期待された女。魔力がないわけがない。
私は右手の上に炎を、左手の上に水の塊を出した。そして、それをクルクルと様々な形に踊らせる。
この世界の人はみんな、ある程度の魔力を持っている。もちろん乙女ゲームの世界なので、人を攻撃する用の魔法はほとんどない。それは日常生活に活かせる程度のものでしかない場合がほとんどだけれど、私は普通の人よりもちょっとだけ上手く魔法が使えるのだ。
最近はショックでつい忘れていたけれど。私がたくさんいる貴族令嬢たちの中から、王太子の婚約者に選ばれた理由は、この魔力が決め手だった。王家は箔をつけるために、何かと『特別』な血を欲しがるから。
私の魔力は生まれつきのもの。この身体に通っているもの。だから、例え婚約が破棄されても、この魔力は消えてなくなることがない。
「爆発させるところは本当にさせるし、水も本物を出すわ。光もしっかりエフェクトをつける。舞台にスポットライトは前からあったけれど、そういう演出をする舞台は新しいんじゃない?」
「……お嬢様は、突拍子もないことを言いますね」
「僕、オルコットのそういう逞しいところ、嫌いじゃないよ」
「ふふ。時代は4Dってことなのよね! 私が舞台のCGになる!!」
「なんなんですか、4Dって」
「私もよく分からないけれどっ!とりあえず最高の裏方になって、最大級のスペクタクルを観客に見せつけて、全国民を泣かせてみせるわ!」
ドンっとドヤ顔をひとつ。
昨今の追放令嬢は、強いのだ。