転生者は『歪ませる』 3
「この劇場は代々受け継がれてきた劇場でね? 建国記念に建てられてから、ずっとこの国の演劇を支えてきたんだ」
おじいさんは、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「だが、最近はもう演劇なんて古臭いものは流行らないと客足が遠のいてしまってね。隣国で出来た『あいどるのこんさーと』とやらに客がとられてしまったこともあって、利益が出なくなってしまったんだ。そこに目をつけた国から、来年までに利益をあげなければこの劇場を取り壊してこんさーと会場にすると言われてしまってね」
「ッ、本当に国というものは勝手ですわね!」
「はは、でも利益をあげれていないのは確かだからね。演劇はもう古いのかもしれないなぁ」
おじいさんは自嘲するようにそう言いながらも、話を続けてくれる。
「一時期は古くからのお客さんが協力してくれたりしていたんだけど、日に日に嫌がらせが始まって……今ではこの様だよ。だから、3人が手伝いに来てくれた時は本当に嬉しかったんだ。お客さんが来ないとはいえ、劇場を手入れが行き届かない状況のままにしておきたくなくてね。君たちは他国から来たんだろう? 黙っていて悪かったね」
「いえ、むしろ話してくださって嬉しいですわ。私の方こそ、おじいさんに雇っていただかなければ息絶えるところでしたもの」
まさかそんなことになっていただなんて、思いもしなかった。おそらく隣国とは私が追放された国のことだろう。ヒロインちゃんが国育成ゲームらしく、早速現世のものを作り始めているというのを風の噂で聞いたことがある。
しかし、まさかこんなに序盤に、しかもアイドルにまで着手していたとは思わなかった。ヒロインちゃんも自分のせいで他国の人が困っているとは思いもしなかったことだろう。だってきっと、ヒロインには誰もそんなこと教えない。少なくともプレイヤーだった頃の私はそんなこと知らなかった。
どこか居た堪れない気持ちになって、唇をギュッと結ぶ。するとおじいさんは、私を和ませるように朗らかに笑って口を開いた。
「はは、喋り方やアルトくんの様子からそうかと思っていたけど、オルコットちゃんも訳ありみたいだね。でも、よく働いてくれるし、こんな潰れかけの劇場には勿体ないぐらいだよ。とりあえず年末までは雇えると思うから、それまでに新しい職場を見つけなさい」
おじいさんはそう言って、少し悲しげに微笑んだ。その顔を見ていると、何だか目頭が熱くなってしまう。自分も大変なはずなのに、私達の心配までしてくれるなんて、どこまで優しい人なのだ。
年末まではあと三ヶ月。ちょうど私の命のタイムリミットと同じだ。正直、この劇場で三ヶ月間必死に働いたからといって100,000ルクスは稼げない。確実に100,000ルクスを手に入れるなら、今から身体でも臓器でも何でも売って、割りのいい仕事を探した方がいい。少なくとも、ずっとここにいることが正しい道だとは思えない。
しかし、今の話を聞いた私からは完全にその考えは消えていた。ここでおじいさんを見捨てたら、私、最低だ。絶対、自分のことを許せなくなる。それに、同じ日本の記憶を持つヒロインがやらかしたことをどうにか出来るのは、前世の記憶を持つ私しかいないのではないだろうか。
さらに打算的なことも考えてみると、おじいさんの話から考えたところ、アイドル業は余程利益を上げているように思える。もしかすると、私も前世の知識を上手く演劇に使えればそれほどの利益を上げることが可能なのではないか。どの世界の人も、娯楽に飢えていることに変わりはないはずだ。
私は、20秒ほど黙り込んで、単純な脳味噌を酷使した結果、まっすぐおじいさんの目を見て口を開いた。
「……私に、この劇場の立て直しを任せてくれないかしら! 嫌がらせなんて何よ!ここに来るまでの私にはあんなこと日常茶飯事だったわ。そう、この私は、決してそんなことに屈したりしないわ!」
一回婚約破棄までされたんだから、張り紙ごとき恐れるに足らず。むしろ冤罪のトップクラスを仕掛けられているので、億が1、あれを超えそうなことが起きない限り、正直何も怖くない。何回張り紙を貼られたって、私が破り捨ててやる。それで、いつか絶対に、そいつ等を見返して笑ってやる!
「最近雇ったバイトなんて信用出来ないかもしれないけれど、こんなに素敵な劇場なんだもの。1週間ですっかりファンになった人がいるのに、もう諦めるのは勿体なさすぎると思わない?」
そして、後ろで話を聞いていた2人を振り返って2人の手を握りしめた。
「それに、2人も協力してくれるわよね!!」
「「……え?」」
「やったー、ありがとう!私、嬉しいわ!!」
2人の嫌そうな視線を完全に無視して抱きつくと、すごく不服そうな顔をして、しかし嬉しそうなおじいさんの顔を見てNoとは言えなくなったのか、しぶしぶだったが協力すると言ってくれた。ふふ、もう言質は取りましたわよ。そんな私達の様子を見て、おじいさんは少し考えた後、座っていた椅子から立ち上がって笑いかけてくれた。
「いやいや、逆に元気を貰ったよ。……よし!オルコットちゃんがそう言ってくれるなら、最後にもう少しだけ足掻いてみるか!!」
そして、驚きながらも頷いてくれたおじいさんの言葉を合図に、私の命運をも分ける『劇団くろねこ、お客さん復活作戦』が幕を開けたのだった。
とはいえ、まずは何があって何がないかを確認しなければならないということで、劇団くろねこの現状把握から始めることになったのだが。
「……えーと、まずは各々の出来ることを確認する必要がありそうね!!」
現状を確認すればするほど、劇団くろねこの危機が露見してくる。
まず、キャストがいない。そして大道具や小道具が作れる人もコンサート設備作りに引き抜かれ、音響の出来る人もコンサート関係に引き抜かれたらしい。
本格的に詰んでいる。
ヒロインには、クソ王子を盗られた時も何も思うことはなかったけれど、今はうっかり殺意が湧いてきてしまう。
美少女で聖女で王妃とかもうおかしいでしょ! チート過ぎて追放悪役令嬢(ただの前世持ち)が勝てるわけないじゃない!! スペックの差がえげつないわよ! やっぱり神様って不公平だ。
しかし、私達に神頼みをしている時間はない。衣装が再利用可能だったことや、楽器が残っていたことを不幸中の幸いだと思おう。
そして、今いる人員は追放悪役令嬢の私。わりと何でも出来る執事のアルト。バイオレンス暗殺者のみゅーくん。劇場の管理など、支配人をしているおじいさんに、美味しいご飯を作ってくれるおばあさんの5人体制だ。
圧倒的人員不足が気になるが、希望は捨てちゃいけないと各々に出来ることを探してみた結果、意外な才能が発掘された。
とりあえず一通りのことに挑戦してみることになったのだが、なんとアルトがキラリと光る才能の片鱗を見せた。私の完璧執事は、楽器の演奏から大道具の作成までそつなくこなして見せたのである。
よっ! 流石は出来る男!! あのままだったら出世街道を爆走することだっただろうに、国外追放の道連れにして本当にごめんなさい!
さらにみゅーくんも、暗殺者スキルを器用に駆使して音響設備を整えることが可能だということが判明した。
え、まさか何も出来ないの私だけ……? とめちゃくちゃ落ち込んだけど、私には客を呼び戻す台本を書くという使命があるのでね。いや、言葉にしてみたら自分の責任の重さに今から胃が痛いのだけれど……。
「では、今から第1回劇団くろねこ復活会議の結論を発表するわ!」
「そんなダサい名前ついてたんだ……」
「やはりお嬢様にはネーミングセンスが……」
「えぇいうるさいうるさーい! とりあえずいまの段階では、私が台本を考えて、その間にみゅーくんが機材の設備を整えて、アルトが楽器の手入れかしらね!」
「台本が出来次第じゃないとキャスティングも出来ないし、劇をやろうにもどうにもならないもんね」
「うぅ、プレッシャーですわぁ……」
前世の私はオタクだった。多分。小説とか漫画とか読むの好きだったし。そういう記憶がたくさんあるし。だから、頭の中に前世で流行った物語はたくさんある。
しかし、だからといって、この国でそれが流行るものなのかが分からない。いくら日本で流行ったからといって、それを海外にそのまま持ち込んで同じ流行り方をしないのと同じだ。
だからまずは、この世界で何が流行りそうなのかを調べる必要があると思う。
「とにかく。一度、見に行きたいわね」
「……何をですか?」
「アイドルのコンサートよ!」