転生者は『歪ませる』 2
アルトの、恐る恐るといった様子で告げた言葉に手足が冷たくなる。こんなに親切にしてくれた劇団くろねこさんの、一体何がおかしいというのか。
え、もしかして幽霊とか? 私に見えないだけで何かいますの?
そう思って恐る恐る聞き返した私の言葉を遮るように、少し遠くにいたみゅーくんが口を開いた。
「それ、僕も思ってた」
「みゅーくんまで!?」
「劇場のはずなのに劇はやってないし、キャストはいないし、これだけ高待遇な環境なのに僕達以外のスタッフもいないし。こんなのおかしいでしょ」
「……それは、私も少し思っていたけれど」
みゅーくんの言う通り、ここで働き始めてからおじいさんとおばあさん以外の人を見ていないし、劇も上演していないみたいだ。3人で掃除しても大変なくらい大きな劇場なのに、スタッフさんが他にいないのもおかしい気がする。
「それに僕、こんなの拾ったんだけど」
そう言ってみゅーくんは懐から1枚の紙を取り出した。その懐は4次元ポケットなんですか、なんてことを思いつつも、紙を受け取って、その内容を見て────。
「『早く廃業しろ、古臭い劇場なんてなくなっちまえ』……? ッ、ちょっと、何よこれ!!」
「今朝、おじいさんの部屋で見つけた。朝、劇場の前に貼られてるのを、僕達に見つからないように隠してたみたい」
「……これは酷いですね。嫌がらせでしょうか?」
「しかもこれ、何枚もあったから結構前から嫌がらせされてるのかも」
「こんなことするなんて最低じゃないかしら!? 誰がこんなことしてるのよ! 確かに古い劇場だけれど、手入れが行き届いていて、とっても素敵じゃない!!」
許せない。絶対に許さないわ。素敵で優しい人が報われない世界なんて、そんなの間違ってる。
私には神様から与えられた聖女様みたいなチート能力もないし、ポンコツ前世チートだってどこまで役に立つか分からないけれど、何も持っていない私を助けてくれた人には少しでも恩返しがしたい。
私は心の中でそう呟いて、グッと拳を握りしめて立ち上がった。
「ッ、決めたわ。私、犯人を突き止めてやるんだから!」
そして次の日。
「ほら、早く起きてちょうだい。犯人を捕まえに行くわよ!」
とりあえず犯人を捕まえることにした私達は、いつもよりも早起きをして(みゅーくんは起きなかったから叩き起こして)劇場の門の前に来ていた。みゅーくんの見立てなら、今日も犯人はここに誹謗中傷を書いた紙を貼りにくるはずである。
「……これ、本当に犯人来るんですか」
「まぁ、多分来るんじゃない? ……ふぁ、僕まだ眠いから帰ってもいい?」
「ダメよ。武力担当としていてもらわないと困るから」
私は、「起きなさーい!」とみゅーくんをガクガク揺さぶって無理やり起こし、それからも3人でポツポツ雑談をしながら犯人を待ったのだが。
「来ないわね」
「来ない、ですね……」
あまりに人が来る気配がない。しかも、この劇場の周りは驚くほど人通りがない。それもあの紙に関係があるのだろうか、なんてことをぼんやり考えていると、ようやく門の方に人が近づいてきた。その人物は持っていた紙を劇場の門に貼り付け、ガンガンと劇場の門を蹴っている。
「ッ、やっと来たわね! 犯人、見つけたわ!!」
私はそう言って寝かかっていたみゅーくんを起こし、飛び出そうとして、アルトの腕に邪魔された。
「アルト! どうして止めるの!!」
「お嬢様、向こうが武器を持っている可能性とか考えてます? お嬢様のお気持ちは分かりますけど、暴力に訴えられたらどうするんですか! そのまま捕まりでもしたらお荷物以外の何ものでもないですよ!!」
「もっとオブラートに包んで言って欲しかったわ!! でも悔しいけどその通りよ……」
確かに。実は柔道黒帯とか言えたらカッコ良かったけど、前世も今世もか弱い女の子の私はお荷物になるしかない。漫画や小説ならここで上手くいくのに、そもそもヒロインでもないけど、ヒロイン補正のない現実では手出しできないのがもどかしい。
どうにもできずに涙目で犯人を睨んでいると、みゅーくんが耳元で
「ねぇ、オルコット。アイツ等、殺してくる?依頼してくれたらすぐ殺ってくるけど」
と囁いてきたが、そこは慌てて訂正しておいた。すぐ命を奪いにいくの、圧倒的アグレッシブ&バイオレンスすぎて怖いわよ。しかもしっかり依頼料は取るのね。
やっぱり暗殺者だけは敵に回しちゃいけない。みゅーくんがお金で靡いてくれる現金な暗殺者で本当に助かった。
しかし、目の前で犯行が起こっているのに、何もできないというのはもどかしくて仕方がない。ギリギリと噛み締めた唇から、鉄の味がする。何とも言えない無力感のなか、犯人が去っていくのを見届けた私達は、犯人の貼った紙を剥がす作業に取りかかった。
『廃業しろ』だとか『潰れろ』だとか! 酷い言葉のかかれた紙を剥がしながら、耐えきれなくなってアルトとみゅーくんに話かけた。
「ッ、こんなことするなんて本当に最低よ。犯人は捕まえられなかったけど、顔は覚えたんだから! 次は策を練って来て捕まえてやるわ。けちょんけちょんにしてやるのよ!」
「……いや、そもそも犯人を捕まえたって、こうなってる原因を突き止めなきゃ意味ないでしょ」
「そうですね。そもそもさっきの人も、誰かに命令されてやっている可能性がないとは言い切れませんし」
「うッ……それもそうだわ」
私はついつい暴走して感情的になってしまうから、2人がこうして冷静な意見を言ってくれるのは有り難い。私は、よくアルトに単純だといわれる脳味噌で必死に考えてみたが、やっぱりこんなに素敵な劇場が嫌がらせされる理由がわからなくてモヤモヤしてしまう。
「……早く原因を突き止めなくちゃ。おじいさんに早く安心して欲しいもの」
「そうですね。お嬢様は……あッ」
「え?」
アルトの驚くような声につられて振り向くと、そこには申し訳なさそうな顔をしたおじいさんが立っていた。
「……オルコットちゃん」
「ッ、あ、いやその、これは……!!」
慌てて持っているチラシを隠したが、私1人では到底隠しきれる量ではなくて、おじいさんに見られてしまった。今日は貼られてないと、2人に安心して欲しかったところだが、見つかってしまったのだから仕方がない。
それに、このまま黙っていたら私達が犯人だと思われてしまう可能性もある。私は意を決しておじいさんに向き直り、口を開いた。
「ごめんなさい! あのっ、たまたま、たまたま散歩に出てたんです。そしたら、こんな紙が貼ってあったから、えっとその……」
「そんなに必死に言わなくても、オルコットちゃん達がやったんじゃないって分かってるよ。そもそもその紙は、1ヶ月前から貼られてるからねぇ」
「え……? どうしてそんな……!!」
「はは、本当は知られたくなかったんだがなぁ……」
私の言葉に悲しそうな顔をしたおじいさんは、劇場の中を向いて言葉を続けた。
「紙はもういいから、中に入っておくれ。君達にも、この劇場が嫌がらせを受けている訳を話すよ」