転生者は『歪ませる』 1
「これ、身分証」
「……え?」
ひたすら慌てていた私とアルトを尻目に、みゅーくんは懐から3枚カードを取り出した。それを見た門番さんは、疑うことなく受け取って魔道具にスキャンする。
え、これどういうことですの?
困惑する私を尻目に、アルトは納得したような顔をしている。すると、私の視線に気づいたのか、アルトが小声で疑問に答えてくれた。
「偽造身分証です。裏社会では定番のアイテムだと聞いたことがありますので、恐らくそれかと」
「すごいわ。今の暗殺者はハイテクなのね!」
「いや、どう考えても完全に犯罪ですけどね。無邪気に喜ばないでください。お嬢様の価値観ってどうなってるんですか」
アルトはヤバいやつを見る目でこちらを見てくるが、みゅーくんのおかげで街に入れたのは事実である。それにそもそも、正義感で生きてはいけないのだ。もう雑草煮込みの生活には戻れない。
私とアルトはみゅーくんにお礼を言って、なんとかミレトスの街に入ることに成功したのだった。
「お嬢様、これからどうするつもりですか?もう夜ですけど」
「そうね。分かっているとは思うけど、お金がないわ」
「そうですね、知ってます。それに、今からお嬢様にいただいた宝石を売り払ってお金に変えるのも難しいですし……」
「分かってるわよ。まさか一文無しがこんなにひもじいとは思わなかったわ……」
うちひしがれている私を横目に、みゅーくんは欠伸をしていた。何でも、「自分は何処で寝ても一緒だから」とのことだ。暗殺者って逞しい。そこに痺れる憧れる。なりたいとは思わないけど!
「……困ったわね、そもそも今から泊めてくれるところなんて……」
そう呟いて、辺りをキョロキョロと見渡す。しかし、今は夜で人通りも少ない上に、雨まで降ってきそうな天気だ。そもそも、現実にそうそう都合のいいことなんて────。
「あったわ」
「え? お嬢様?」
私は、目につくところに目立つように貼られていた、ボロボロのポスターに近づき、書いてある文章を読み上げた。
「……『アットホームな職場です。住み込みでスタッフとして働いてくれる方を探しています。給金あり、朝食、昼食、夕食付き。定員:3名まで。劇団くろねこで仲良く働きませんか?』 ですって。最高じゃない!」
「そんなに条件がいい場所、逆に怪しくないですか?そもそも、そこ劇団って書いてますよ。普通、劇団なんて人気な仕事に空きなんて出ますかね?」
「たまたま出たんじゃないかしら?私達ってすっごくラッキーね!」
こういうときはポジティブな心が大事なのだ。そもそも、疑ってここに留まっても巡回の人に捕まるか野宿かの二択だろう。それなら信じて行ってみた方がいい。
私はそう言って、疑うアルトとぼんやりしたみゅーくんを引っ張り、劇団くろねこへ向かったのだった。
「美味しい……!こんなに美味しいものを食べたのなんて久しぶりで涙が止まらないわ……!!」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。オルコットちゃんのだけサービスしちゃう!」
「オルコットちゃんはべっぴんさんだし、いい子だし、いてくれるだけで元気をもらえるよ」
「ありがとうございますわ!私、絶対にお二人の役に立って見せます!」
私はそう言って、炊き立てのご飯を掻き込んだ。味のあるご飯って最高! もう二度と雑草を食べる生活になんて戻りません!!
あれから劇団くろねこを訪ねた私達は、面接もすることなくあっさりと雇ってもらえた。しかも、他に誰も希望者が来ていなかったらしい。自分の幸運に感謝したのは今日が初めてだ。エコ贔屓野郎なんて言ってごめんなさい、神様!本当は愛してます!LOVE!!
そして、優しく出迎えてくれたおじいさんことケルビンさんと、おばあさんことアニーさんの元で劇場を掃除をしたり、衣装の刺繍を手伝ったりして早1週間が経過していた。
今まで令嬢生活をしていたから上手く出来ないことだらけだけど、出来ることが増えていくのって楽しい。本当によかった、生き延びることが出来て。国外追放万歳だわ。この調子なら友人も恋人もちょちょいのちょいよ!
全部上手くいっている。そう思いたいところだけど、現実はそう上手くはいかないわけで。
「……オルコット。こんな調子で3ヶ月後に100,000ルクスなんて稼げるわけ?」
「うっ……今、幸運を噛み締めていたところなのに、もう現実を突きつけてきたわね!?」
そう。お金を稼がなければならない。
みゅーくんは、呆れたような顔をして私を見つめてきた。刺すような視線から殺気を感じて、先ほどまでの浮かれモードが嘘みたいに気が沈む。
そうだった、そうでしたそうでした。街に入れた安堵感で忘れかけてたけど、この子、私を殺しに来たんだったわ。
「私も必死に考えてはいるのよ、お金を稼ぐ方法。でも、大抵のものは都合よくこの世界にあるし、前世一般OLな私が専門的な知識なんて持ってるわけないじゃない……!!」
「ほとんど何言ってるか分かんないんだけど。まぁ、僕はオルコットが死んでも生き延びてもお金貰えるし、どっちでもいいんだけどさ」
「ねぇ、言ってること最低よ!?」
綺麗な顔してるくせに、悪魔みたいなこと言わないで! 私は抗議の意をこめてみゅーくんを睨みつけたけれど、みゅーくんは全く気にしていなかった。くっ……どうにか減額とか出来ないかしら!!
それから一日中、劇場を掃除している時もご飯を食べている時も必死でお金を稼ぐ方法を考えたけれど、全くいい案は浮かんでこなかった。浮かんでくるとしたら詐欺とかばかりで、自分の汚さが嫌になる。
もっと頑張って学んでおきなさいよ、前世の私!! 具体的に言うと、金の掘り当て方とか!!
しかし、どれだけ思い出そうとしてもそもそも無い記憶は思い出せないのである。現実って残酷ね……。
そして、自分1人で考えてもどうにもならなさそうだと悟った私は、同じく掃除中のアルトに相談に乗ってもらうことにした。
「アルト。私、いい加減金策に走らないと殺されるかもしれないのだけれど。何かいい方法はないかしら」
「え、まさか本当に具体的な案もないのに100,000ルクス稼ぐつもりでいたんですか?あの自信は何処から湧いてきてたんです?」
「いいでしょ!別に根拠のない自信に頼っても!ていうかそんなこと言ってる場合じゃないの!私、このまま死ぬなんて絶対嫌よ、死ーにーたーくーなーいー!!」
冷ややかな目を向けてくるアルトにペチペチと雑巾アタックをくらわせながら叫んでいると、アルトは嫌そうに後ずさる。
「痛い、痛いですって。あ、そういえばですけど」
「何よ。いい案でも思いついたの?」
「いえ、そうではないのですが。この劇場って、何かおかしくないですか?」
「……え?」