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自分の命は自分で買うスタイル 1

 


「ひっ、あ、アルト! もう来たわ、フラグ回収が早いわ!!」


「何ですか、フラグ回収って。そんなこと言ってる場合ですか!?」


「だって、軽口を言っていないと意識が飛びそうなぐらい怖いんですもの!!」



 震える足で、ナイフから遠ざかるように後ずさると、ドンッと後ろに立ってた暗殺者にぶつかった。怖い怖い怖い怖い!!


 背中の感覚はないのに、確実に何かに触れている変なリアリティが私の思考回路を追い詰める。こういう時はどうすればいいのよ。前世でも追放ものはよく読んだけど、追放即ナイフ突きつけなんて物語ないわよ!


 生殺与奪を人に握られている恐ろしさなんて、一生分かりたくありませんでしたわ!?


 心の中で声にならない叫び声をあげる。すると、私のすがるような目に応えるように、アルトが立ち上がった。



「……ッ、お嬢様!」


「こないで。こっち来たら殺すから」



 しかし、暗殺者の無慈悲な言葉にアルトが足を止める。声の高さから考えると、まだ子供のようだ。そんなことを考えて、だから何だと手足の震えを抑え込んだ。


 やだ。まだ、諦めたくない。せっかく国外追放で済んだのに、素敵な恋も友達も出来てないのに!


 私はこの絶望的な状況から生存ルートを探すために、必死に平静を装って足掻くように声を上げた。



「あのー、暗殺者さん? 私と交渉するつもりはないかしら?」


「……はぁ?」


「直ぐに私のことを殺さなかったところから考えると、やっぱり目的は生捕りなの?」


「いや、別に。首と報酬が引き換えだから、今殺したら鮮度落ちるかなって思って。血とかで汚れるの嫌いだし」


「鮮度!? 今、鮮度って言いました!? 私、魚じゃないのよ!?」



 しかも、やっぱり私のこと殺す気しかないじゃない!!


 しかし、今の言葉から分かったことが2つある。


 一つ目は、やっぱり誰かに依頼されているということ。それに、首との引き換えなのだから、私(生身)を必要としている勢力からの依頼ではないことだ。つまり、私は誰かに死を願われているということ。


 二つ目は、報酬が後払いであること。暗殺者は私の首がないと報酬が貰えないこと。付け入るポイントは、ここしかない。


 私は、整理した考えを意を決して、震える声で口にした。



「私に付いた値段はおいくらかしら?」


「……お嬢様?」



 私の平常じゃない様子に、泣きそうな顔でこちらを見ているアルトに引きつった笑顔を向けて、続きを口にした。



「私のことを、いくらで殺すと約束したの?」


「……50,000ルクスだけど」



 50,000ルクス。それは、下流貴族のお屋敷1つ分ほどの値段だった。暗殺の相場は分からないが、自分につけられた値段だと思うといい気はしない。しかし、平民ならば毎日遊んで暮らせるほどの大金だ。


 侯爵令嬢だったときの私ならワンチャンスあったかもしれないが、今の私は一文無し。アルトに渡した宝石だって、咄嗟に持ち出したものだし、50,000ルクスの足しにもならない。身につけているものだって、値段になりそうにない。


 私に残されたものは、元侯爵令嬢という身分と前世だけだった。でもそれだけあったら十分なくらいだ。だって今、生きてる。それだけで凄いことでしょ。


 だって私、エラーを起こさなかったら今頃、死んでいたもの。


 ドクン、ドクンと、心臓の音がやけに耳元で響いた。その音はやけにうるさいのに愛おしくて、あぁもう私ったらドーパミンでおかしくなってるのかしら!


 落ち着け。今の私は生きている。命さえあるなら、これからどうにもなる。逆に何もないから、何でも出来る。失うものがないから、奪われるものがもう無いから、何も怖くない。



「……分かったわ」


「ッ、お嬢様……? まさか、大人しく殺されるなんて言いませんよね!? それなら俺にッ」



 私は、涙目で必死に叫んでいるアルトに微笑んでから、口を開いた。



「私なら、その倍額で貴方を雇うわ。だから、私と一緒に来ない?」



 この提案の勝算は、わりとあるのではないだろうか。だってこの暗殺者には、私を殺す私的な理由がない。今私を殺そうとしている理由は、お金で利用されたからだ。それならそれを上回るお金で、この暗殺者を買収したらいい。



「……どういう意味?」


「そのままの意味よ」


「アンタ、お金持ってそうに見えないけど」


「あら? 私の頭の中には死ぬほど儲けられる知識があるのよ。報酬は後払いなのでしょう? 期限はいつまでかしら」


「……一応、3カ月以内って言われた」


「それなら3カ月後、私がお金を払えなかったら、私を殺して引き渡してちょうだい。その代わり、3カ月後に私がお金を払えたら殺すのはなしよ。どうせ後払いなら、倍額貰える方がお得じゃなくって?」



 声、震えるな。私は出オチでも悪役令嬢、オルコット=リコエッタだ。怖がってる場合じゃない。悪役令嬢は、堂々としているべきだ。どうせ死ぬにしても、無様に死んでもいい存在じゃないはずだ。



「この取引の有用性が分からないなんて残念ね。言っておくけど私は守れない約束なんてした事がないわよ」



 必死に余裕を醸し出して、歪な笑みを作る。するとしばらく経って、耳元から声が聞こえると同時に、首元からヒヤリとした感覚が無くなった。



「……分かった。でも、3カ月以内に支払えなかった場合、遠慮なく殺すから。情でほだそうだとか、死んでも思わないでね」


「ッしゃ、交渉成立ね!! 当たり前じゃない! 3カ月で死ぬほど稼いでやるわよ!!」



 ナイフがなくなったことに安心して、足腰の力が不意に抜け、そのまま前のめりに倒れ込む。そんな私を、前にいたアルトが抱きとめてくれたことで、どうにか地面とキスする展開は避けられた。



「アルト、ありがとう! 私、やったわ! とりあえず3カ月の命を手に入れたわ!! やっぱり財力は何もかもを解決してくれるのよ!」


「お嬢様、そんなこと言ってる場合ですか!? 延命できたことはよかったですけど、本当に100,000ルクスも稼ぐ手段があるんですか?」


「そんなの今から考えるのよ!」



 アルトと小声で怒鳴るという器用なことをして、私は後ろにいるはずの暗殺者を振り返って……言葉を失った。


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