婚約破棄と前世の記憶は突然に 2
私、オルコット=リコエッタには、地球という星の、日本という国で生きていた前世がある。というより、思い出したのだ。
婚約破棄をされている最中に感じた違和感を、私を国外追放するために乗せられた馬車の中で整理しているときに。
私はとある乙女ゲームの悪役令嬢、オルコット=リコエッタだという記憶を思い出してからは芋づる式に前世の記憶が出てきて、馬車を降りるころにはすっかり頭痛は治まっていた。
とは言っても、平々凡々どちらかというとオタク寄りだったOLの記憶があるだけであって、17年間過ごしてきた人格は変わらなかったけれど。例えるならば、本を読んでその人のことを理解したけれど、その人にはなっていないといった感覚だろうか。あぁもう、言葉にするのが難しい!
『天使に捧ぐ恋』というのが、私が転生した乙女ゲームの名前だ。天使というのは、もちろん聖女であるヒカリちゃんのこと。彼女の名字は天使と書いて「アマツカ」と読むらしい。
ちなみにレナルド王子ルートの最後の決め台詞は「僕の初恋を、そして全てを君に捧げる」である。私には1ミリの恋も芽生えなかったと。あぁ、はい。そうですか。最推しではないにしろ、キャーキャー言ってた前世の私をぶん殴りに行きたいわ。
それにしても開発陣のドヤ顔が透けて見えてやかましいわね。あとタイトルもかなりダサい。ふざけるな。勝手に捧げておけ。一般悪役令嬢を巻き込むな!
というのも、私、オルコット=リコエッタは悪役令嬢といえど出オチもいいところ。なんと彼女、じゃなかった、『私』は、メインストーリーが始まってすぐに結構あっさり殺される。
なぜなら舞台装置だから。
聖女は、異界から前触れなく落ちてくる。平和そのもののこの世界には、危機はないし、魔物はいない。ただ、国を豊かにする。そのためだけに聖女は存在する。だからストーリーは、国発展育成ゲームと攻略対象の心の闇セラピーがメインで……ってこれは後でいいか。
とにかく、私が処刑されるのは、国益のために王太子とヒロインを婚約させたい王家によるものなのである。っていうか、こんな風に刑が決まってたのね。私も今知ったわ。
何せヒロインはこの場面には不在。あとからお付きのメイドに、突然婚約者に決まったことを知らされる。自分の前に婚約者がいたこと。つまり私の存在を知るのは、ずっと後の話だ。
ヒロインは、私という存在がいたことを王太子ルートでしか知らない。別ルートでは葬り去られた後の話になっている。そりゃそうだ。だって王家の陰謀なんだもの。
道理で存在すらしらない私の私物とか、知らない友人の証言とかが、してもいないイジメの証拠として認知されたわけです。流石王家! 権力汚い! 最低! 流石はあのクズ王子の実家なだけある。
国益のために一般令嬢の私を消して、知識チート持ち&祈るだけで国がつよつよになるヒカリちゃんを国母にしたかったのは分かるけど、何も殺さなくて良かったじゃない!
乙女ゲームでは、ここは共通ルートが終わって王太子ルートに入ったところ。悪女を追い出して、聖女であるヒロインが婚約者になって、今から学園に通って仲を深めるんですもんね。
いや〜〜。転生して初めて知った乙女ゲームのご都合主義の裏側、真っ黒だわ。知らなかったな。最低だな王家って。いくら抗議しても、哀れ、死人に口なし。本家オルコットの怨霊がいたとしたら、それはそれは悔しかったに違いない。
というわけで、オルコットは開発会社にとっての舞台装置、使い捨てキャラクターなのだ。重要な役はいっさい担っていないので隠れチートも才能もなし。無念。
そして、国益のために取り柄のない婚約者を葬って聖女を婚約者にした王家は、何食わぬ顔でヒロインを支援。王太子ルートでは全てが途中でヒロインにバレるが、愛の力と聖女の力で王家の腐った部分を切り捨てて終了。
王家の闇成敗ルート、なんてキャッキャと騒いでいた過去が懐かしい。今となっては不完全燃焼感でしかない。せめて墓参りには行ったんでしょうね?
ここまで思い出して涙が込み上げてきた。ずっと片想いしてた人に本当に悪事を働きかねないと思われた私が、信用問題で窮地に陥った私が可哀想で泣けてくる。
ひどいわ。確かに善良の塊みたいな性格はしていなかったけれど、人並みに善行は積み上げてたと思うし、社交界で誰かを仲間はずれにしたりなんてしたことないし、むしろ仲間に入れてあげていた方よ。……取り巻きばかりで本当の友達は出来なかったけど。
誰にも味方してもらえずに死んでいく。これが、本来私が歩む道だった。
しかし、『前世を思い出す』という深刻なエラーを起こした私は幸いなことに、悪役令嬢オルコット=リコエッタの道からは大きく外れ出している。
本当なら私は昨日、婚約破棄を告げられた時点で怒り狂って部屋を飛び出し、その原因であるヒロインを、異界から落ちてきた聖女の天使光を殺害しに行こうとするはずだった。
婚約者のレナルド様のことが、あぁいや、婚約者だったナルシストポエマークソ王子のことが大好きだったから。本来私は、令嬢らしい令嬢だった。国母になれるように厳しく育てられても、人を傷つけようなんて思ったこともなかった。
それでも、愛する人からの冤罪が、そして婚約破棄があまりにも辛すぎたから。
私は、最悪なタイミングでヤケになって、捨て身の特攻に走るところだった。本当に危なかった。一歩間違えれば、私は護身用に持たされていたナイフを抜いていたところだった。
そして、騎士団に取り押さえられて、獄中で毒を盛られて殺されるとかいう全く笑えない末路を迎える。
……いや、逆に笑えるか。あのナルシストポエマークソ王子を盗られたくない一心で殺害未遂までやらかすなんて、頭がおかしいとしか思えない。あんな奴のために命張れるとか逆にすごいわよ。婚約破棄してくれてよかった。わりと本気で。
私は心の中でそう吐き捨て、溜息を吐いた。そして、どこまでも広がる草原を見て、再び溜息を吐く。
「……一歩間違えたらこの末路を歩んでたと思うと、ゾッとするわ」