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ここで出会いたくなかった 1



 闇市場。


 どの国でも大抵はあるそれは、名前の通り、国に認められていない非合法なものを売り捌くのに都合の良い市場だ。認可の通っていない薬から、ちょっとグレーな薬草から、はたまた前の持ち主が不明なお宝なんてものも売られている。


 その中でもやはり、一番の目玉は人が売られているところだろう。


 奴隷、というわけではない。奴隷制度は100年以上前に、その代の聖女様が禁止して以来、最も禁忌に触れる行為とされているからだ。


 しかし、それで困る人間もいる。表では雇ってもらえず、どんな仕事をしてでも生き延びたい人間はいくらでもこの世にいるのだ。私だって偶然、劇団の求人募集を見つけられなければ、そうなっていた可能性は高い。


 そこで、闇市場では裏ハローワークのようなものが開かれるようになった。とはいっても非合法な組織なので、大抵は、仕事を求める人間の方から自分のスキルを売り込んで交渉し、成立したら何かしらの形で誓いを結ぶ、という流れになっている。


 私も、存在自体は知っていたが、実際に来るのは初めてだ。アルトに着せられた黒いローブに身を包み、緊張しながら通りを歩く。



「……賑やかね」


「闇市場なんて名前がついているわりに、明るいうちから堂々と行うんですね」


「そりゃそうよ。国も黙認しているから存在するのだし。こっそりされるぐらいなら、目の届く範囲でやって欲しいということなのでしょうね」


「ん。ここを使って仕事を探すのは二流だから。本当の腕利きは、こんなところにいない」


「そ、そうなのね……」



 みゅーくんは冷たい目でそう言った。仕事を求めて歩くならず者たちを若干軽蔑しているようにも見えたのは、彼自身が暗殺業に誇りを持っているからなのかもしれない。



「だから、比較的安全だけど。たまに、それを逆手にとって搾り取ろうとするヤツもいるから、気をつけた方がいいよ」


「なるほど……気をつけるわ!」


「…………なんでアンタみたいなのが、そんな明るいまま生きてこれたんだろうって思ってたんだけど。やっと納得した」


「え?」



 一体何のことを言っているのだろう。キョロキョロと辺りを見渡しても、何も────。



「あっ! アルトがいないわ!?」


「いますよ、お嬢様」


「きゅっ、急に現れないでよ……」


「あなたがいないって言ったんですよ。……もう。世話が焼ける」



 いた。いたけど。だからといって、急に耳元で喋り出すのは反則だと思う。知っているかもしれないけれど、私は美形に弱いのです。あと、低い声にも。


 呆れたように、でもどこか優し気にフッと笑っているアルトを振り返ると、どこかいつもと違うような違和感を感じた。



「アルト、あなた今日は手袋をしていないの?」


「いえ。少し外していました。汚れると面倒ですから」


「ここまでで汚れるようなことあったかしら?」



 闇市場の通りに入ってから誰にも話しかけられていないし、何も触っていないと思うのだけれど。



「…………アルトも仕事、大変だね」


「楽しいですよ。生き甲斐なので」


「……そう」



 何の会話かよく分からないが、アルトが楽しいというなら良いことだ。私は改めて、キョロキョロと辺りを見渡す。


 今日のミッションは、舞台のキャストのスカウトだ。本来ならオーディションでもやるべきなのだろうが、普通に募集したところで集まらない上に、命がかかっている、こちらと熱量が同じぐらいの人間を求めているので、わざわざ闇市場までやってきた。


 なりふり構っていなくて、顔が良くて、金銭面でも条件を呑んでもらえる人を探す。言葉にすると絶望的に難しい条件だが、私は運が悪くない方だと自負している。


 生まれた家は公爵家だし。なんだかんだアルトは付いてきてくれたし。命はお金で買えそうだし。みゅーくんは、まだ話が通じる暗殺者だし。劇団くろねこのおじいさんとおばあさんは優しいし。


 婚約破棄されて追放されたけど。


 あ、ダメだ。一気に挽回できないぐらいマイナスの要素が入ったせいでダメな気もしてきた。



「……何、百面相してるの。オルコット。この闇市場でも浮いてるんだけど」


「お嬢様はそういうユニークなところが魅力なんですよね」


「ニコニコしながら微妙なフォローしないでちょうだい。私は今誰をスカウトしようかなって考えてたの!ここってほんと、人材の宝庫よね」


「こんなならず者とワケアリな奴らの巣窟に来て、それだけポジティブになれるなら、多分どこでも生きてけるよ」


「ありがとう。嬉しいわ!」


「えっ、ユニークはダメなのに、今のは褒め言葉だと思ってるんですか?」


「アルト、うるさいわよ」



 いやほんと、軽口を言い合っている場合ではない。時間は有限なのだ。とりあえずまずは、募集要項を掲げる場所を探すところから始めなくては。



「二人とも、まずはあっちに……キャッ!?」



 ドンッと、誰かにぶつかった。



「…………すまない」



 顔を上げると、疲れ切った声色の謝罪が降ってきた。その男性は、私も着ているような黒いローブに身を包んでいて、まだ幼い女の子の手を引いている。



「あら? あなた……どこかで」



 見たことがある。多分。


 顔がハッキリ見えないけれど、絶対、知ってる。どうしてだろう。どこで見たの?


 ぐるぐる頭を悩ませていると、その男性は、疲れた顔を一瞬で引き攣ったような顔に変え、私から飛び退いた。



「し、失礼すッ…………」


「リズベルトお兄様! シャル、この人のこと知ってるよ!」


「…………へ?」



 ローブの男の人が手を繋いでいた女の子は、ギュッと私のローブの裾を掴み、パッと顔を上げた。屈託のない笑顔と、目が合う。



「オルコット様、でしょ? お父様が昔、パーティーに連れて行ってくれた時に、挨拶したの!」



 挨拶した。パーティで? 私に??


 そうだ。この、くすんだ灰色の髪と、新緑色に輝く瞳には見覚えがある。



「もしかして、フロライン家の……」


「そう! シャルロッテ=フロラインと申します!」



 女の子が、シャルロッテが元気よく、そう言った瞬間に、お兄様と呼ばれたその男は慌てて口を塞いだ。そして、私をキッと睨み、視線にたっぷりと憎しみを込めて口を開く。



「よく、生きていたものだな」


「え…………」


「フロライン家は、もうない。汚名を着せられて父は殺され、取り潰されて、俺たちも国外追放となった。命からがらここまで来たんだ」



 動悸がする。考えないようにしていたことだったから。必死に蓋をしていた母国の話に、息が思うように吸えなくなって、苦しい。



「お前のせいだ。オルコット=リコエッタ」



 サラサラと灰色の髪が揺れる。真っ直ぐに、エメラルドのような目が私を射抜いた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] アルトの生き甲斐って、能天気そうでいいカモだと思ってオルコットに近づいてきた輩に『俺がいるから大丈夫なんですよ』と知らしめることなのか。オルコットに気付かれずに支えるのが好きなのかもしれな…
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