敵情視察は有意義に 2
アイドルのコンサートに行ってから、早三日。
私たちはまず、舞台を使えるようにするところから始めた。具体的には、第一回会議で決めたように、アルトが舞台の修繕を、そしてみゅーくんが楽器のメンテナンスを。
私は脚本を練る合間に、エフェクト魔法の練習を。
「あーー、楽しいわね」
「顔とセリフがあってませんって。っていうか、よく考えごとしながら高度な魔法使えますね」
「そこが私が私である所以よね」
「褒め15%、ディスり85%の言葉にそんなことドヤ顔で返されても」
「オルコット、そろそろ脚本書きに戻りなよ」
「もうちょっと待ってくださいよ……脚本っていうのはねぇ、考えるな! 感じろ! なのよ!!」
「「はいはい」」
いや、どちらかというと脚本2割、魔法8割でやってるかもしれない。だって大変なんですもの! 無から何かを産み出すの!! 前世の物語を覚えてると言ったって、大体の流れしか覚えてないし、光ちゃんに転生者バレするの怖いし!
おかげさまで、エフェクト魔法の方はどうにかなりそうだけど。今、右手にフラッシュを、左手によくわからないキラキラを出しているのだが、こんなにあっさり表現できたのは前世で見てきたたくさんのCGのおかげなのだろう。
いや、オタクだったのよね? 私。生産性、生産性、生産性! 別に生産性がある人が偉いとか、そうあるべきとかではないけれど、今の私には死活問題なのよ!
私は多分、オタクだったけど! 文才のないオタクだった! 無念。今世では、来るべき来世のために語彙を増やす生活をしよう。
漫画家さんも小説家さんもすごい。みんなすごい。語彙力なくなりそう。私なんて、私なんて…………。
「あ!!」
「うっわぁ! 急に光源投げないでくださいよ!」
「オルコット、暗殺者業の方が向いてるよ。それだけ魔法使えるんだし。報酬もいいよ、どう?」
「お嬢様をアングラな道に引き込もうとしないでください! それは最終手段です!」
「最終手段でもないわよ! アルト、あなたは元主人が暗殺者になってもいいって言うの!?」
「どこの誰とも知らない奴よりお嬢様の命の方が大事なので……」
「せ、責められない理由だわ……! その気持ちは嬉しいけど、私は正攻法でお金を稼いでみせるわよ!! 今、いいことを閃いちゃったんだから!」
物騒すぎる会話にツッコミをいれ、私は魔法を消して、慌てて紙とペンを探しに行った。
そう。そうよ。無から産み出すのが無理なら、体験談から作ればいい。私は悪役令嬢、オルコット=リコエッタ。まるで"ゲームのストーリー"のようなピチピチの体験談を持っているのだから!
数時間後。私は、ドヤ顔でみんなの元へ戻ってきていた。
「出来たわ」
「遅かったですね」
「ふふ。我ながら自信作が出来たわよ」
私はアルトとみゅーくん、そしておばあさん、おじいさんに脚本を配る。そして、みんな無言でページをめくり。
まず最初に、アルトが目を見開いて、信じられないといった様子で口を開いた。
「おっ嬢様!? これ……」
「よく書けてると思わない?」
そう。これは、私の話。
「国ぐるみで嵌められた貴族の女の子が、他国の王子様に見染められて幸せになる話」
ただしそれは、追放されるところまで。
正確には、私には訪れなかった、誰かが私を救いあげてくれるような、私がヒロインになる世界線のお話。夢にまで憧れたお話。
「ヒロインの女の子役はみゅーくんね!」
でも、それを演じるのは、私じゃない。
「僕、男なんだけど」
「あら、知ってるわよ?」
「分かった。死にたいってこと?」
「違うわよ!! っていうか、どこから出したのよ、そのナイフ!」
暗殺者、恐るべし。かわいい子には棘がある。いや棘どころじゃないけど。
私は、どうどう、とみゅーくんを諭し、言葉を続けた。
「確かに私は裏方に回るには惜しい逸材よ? キャスト不足だからキャストもするつもりだけど、魔法でエフェクトを作りながらメインでずっと舞台にいるようなキャラクターを演じるのは流石に厳しいわ」
「……それは、分かるけど」
「そうなったら、アルトとみゅーくんのどっちかに主人公の女の子をやってもらうしかないじゃない?」
私はニッコリ笑って、二人に目を向けた。
まず、アルトはどう見てもガタイがいい。顔は二人とも同じぐらい整っているが、どちらに令嬢役が務まりそうかと言われると、明らかにみゅーくんに軍配が上がる。
「……僕がアルトみたいな体格じゃないのは、仕事のためだから。こんな仕事してる以上、性別すらバレたくないし、しなやかに動けるからってだけ」
「分かってるわよ? 女の子みたいだとバカにしているわけじゃないわ。むしろ、逞しくて美しいからこの役に選んだのよ」
「だからっ、そういうことじゃなくて! 僕がここまでして手伝う義理はないんじゃない!? こっちは殺し屋なんだよ? あんたの仲間じゃない」
「…………そうね」
「僕は芝居なんて、嘘なんて付きたくない。何が楽しいのかも分からない。お金さえ手に入ればいいんだから、オルコットの舞台がどうなろうと────」
グッと、みゅーくんの顔が歪んだ。
そうだ。間違ってない。だって彼は私を殺しにきた暗殺者で、私は自分の首をお金で買い取ろうとしているだけ。最初から分かっている。仲間なんかじゃない。
次の暗殺者がいつ来るかも分からない。次はみゅーくんみたいに話すら通じないかもしれない。いつまで生きていられるか分からない。
だから、目一杯のワガママを言っている。
「そう、ね」
私には彼の言葉に傷つく資格すらない。当たり前のことを言われているだけ。だから少しも傷ついていない。それなのに、どうしてそれを言ったみゅーくんの方が、傷ついたような顔をしているのだろう。
「あと少しの人生かもしれないなら、遠慮しないで言いたいこと全部言った方がいいじゃない?」
「え?」
「後から後悔したくないの。もちろん、お金を稼がないといけないからってこともあるけど。単純に、やってみたいと思ったのよ。今まで生きてきて、こんなに楽しいと思ったことはなかったから」
「……お嬢様」
ずっと、『お嬢様』として生きてきた。働かなくても生きていけた。何もしなくてもここまで生きてこれた。でも、だからといって、何もしたくなかったのかと言われると、そうじゃない。
普通に街を歩いてみたかった。重たいドレスなんて着たくなかった。みんなで協力して何かを成し遂げてみたかった。それを飲み込んで従ってしまうほど好きだった人は、もういない。
彼が必要とした人は、天然素材だった。
必死に加工して、彼専用になれるように生きてきた私は、私のことがいらないなら自分の好きな人生送りますね、と言えるほどの『自分』もない。教養がある。マナーも完璧だ。でもそれが、何の役に立つ? どうお金になる?
そんなものに縋っても、もうお姫様にはなれないのに? 例えオーダーメイドのオートクチュールでも、王子様がいなければ、生きていくことも出来ないのに?
だから、例え勢いでも、目の前に現れた興味がありそうなことを逃したくない。楽しいと、『自分』が思えた瞬間を、大切にして生きていきたい。
「あなたが私を殺しに来たことは分かっているけれど。私は、例えあなたが私を好きじゃなくても、助ける義理なんてなくても、あなたとやってみたいと思っちゃったの」
「………………」
「どうせ死ぬなら、ワガママを言ってから死にたいし。もしも上手くいかなかったとして、殺されるなら私、あなたがいいわ」
「……嘘つき。本当に殺されかけたらそんなこと言えなくなるくせに。言っておくけど、そんなこと言われても情けをかけるつもりはないから」
「分かってるわよ。だってそれがあなたの仕事じゃない。もし殺されても恨まないって約束する。私は嘘つきじゃないわ。それに、芝居も嘘なんかじゃないわよ。だってお芝居は最初から全部作り物だもの」
「…………あんた、おかしいよ。ほんと。狂ってる」
「ふふ。知ってるわ? 本当にただのか弱いお嬢様だったら私、あの時に死んでたわよ」
狂わないと生き延びられなかった。追放ハイになってなかったら、今私は、生きていない。
幸か不幸か、私は前世の記憶を思い出してしまった。あの時死んでいた方が幸せだった、と思う日はいつか来るのだろうか。
ぶすっとした顔で佇むみゅーくんと、みゅーくんを警戒したように私の前に立つアルトを交互に見る。
「……………」
────来るのでしょうね。だって、今ですら、あの時よりも死にたくないと思ってしまっているのだから。
なりふり構わずに逃げ出さないのは、貴族としての私が、本当に国外追放で逃すほど王家が甘くないって知っているから。
逃げ出したとして、逃げ切れる自信もない。アルトをこれ以上巻き込めない。もしアルトに何も知らせず、ここに置いていったとしても、私の居場所を吐かせるために、アルトが拷問を受けるかもしれない。
リスクが大きすぎるから、実行出来る胆力も実力もないから。そもそもみゅーくんがどこから雇われた暗殺者なのかも分からないし、不安要素は無くならないけれど、今の私は、みゅーくんの約束を信じてがむしゃらにやるしかないのだ。
私がそんなことを思っていると、みゅーくんは、大きなため息を吐いて、少し戸惑った後、躊躇うように口を開いた。
「出来るか分かんないよ」
「え?」
「何かを作ったことなんてないし。今まで、殺したことしかないから。……っだから、もし上手くいかなくてもオルコットが責任とってよね」
「みゅーくん、もしかして」
「…………ん。いいよ、やる。乗りかかった船だし」
「本当に!? ありがとうっ!」
ブワッと、心の奥底が熱を持って、心臓が跳ね上がった。良かった。良かった。本当に良かった!!
みゅーくんは目を伏せているから、どんな表情をしているか、詳しく分からなかったけれど。長いまつ毛の影が落ちているその顔は、憂いを帯びていて、恐怖よりも切なさを感じてしまった。
「……せっかく、変なこと言われて面白かったのに。こうやってハンデあげなかったら、オルコット、100,000ルクスなんて稼げないでしょ。それはつまんないから」
無機質な声色で、めんどくさそうに語っているけれど。つまんない、と言った時の、無感情に一滴の赤が混ざったような顔を、私はこれから先何度も、ふとした瞬間に思い出すのだろうと思った。
ざらついた感覚に、一瞬だけ泣きそうになる。
「まぁ、ぶっちゃけ僕、その辺の女よりも綺麗だし。誰もアルトのゴツい令嬢なんて見たくないだろうしさぁ」
「それは本当にそうよ。同感だわ」
「別に俺は引き受けていいとも言ってないのに何でそんなこと言われてるんですか」
「アルトは他国の王子様役を頼むわね!」
「……まぁ、正直、悪い気はしないですよね」
「ほら、ちょっと並んでみてちょうだい」
私は二人を並ばせ、ふんふんとプロデューサーっぽく頷いてみた。みゅーくんは中性的な美貌なので、このままでも女の子として通用する。アルトが騎士体型なこともあり、二人は完全に舞台に映えていた。
「なんか私、この舞台、完全にいける気がしてきたわ」
「俺もです」
「そこらのアイドルより顔がいいからね」
「私、あなたたちの自己肯定感が高いところ、大好きよ」
この前は舞台が大事と散々言った身だが、熱心な固定ファンを作るには顔も大事。アルトもみゅーくんもゲームには登場しないのに、謎に顔が良くてラッキーだった。
かくいう私も、悪役令嬢とはいえ、一応メインキャラだけあって顔はかなり整っている方だ。キツいつり目に真っ赤な唇と、完全な悪役顔なのはご愛嬌だが。
「じゃあ私がサブキャラの、みゅーくん演じる令嬢を嵌める悪役令嬢役をやるわね」
「お似合いです」
「アルト、あとで一発殴らせなさい。……とにかく、メインキャストが決まって安心したわ!」
「このままじゃ全然足りないけどね、キャスト」
みゅーくんがボソッと呟く。まとまりかけた空気に水を差さないでちょうだい。
しかし、言っていることは間違っていない。そうなのだ。少なく見積もっても、元婚約者役と付き添いの侍女役が確実に足りていない。
「……どこかに落ちてないかしらね、ちょうどいい人材が」
「そもそも、芸能の道に進みたい人は今、みんなアイドルオーディションとやらを受けに行ってますからね。十分なお給金も約束出来ませんし、わざわざ斜陽舞台に出てくれる人を探すことがまず難しいのでは?」
「斜陽って言わないで。今後発展の余地が十分にある業界と言ってちょうだい。……まぁつまり、なりふり構ってない人材を見つけないといけないってことよね!」
「お嬢様。本当にその逞しさはどこからくるんですか?」
あなたの逞しさはどこから? 生を渇望する気持ちから。生憎こちとら追放悪役令嬢なので、待っているだけでハッピーエンドとはならないのだ。
「どうする? 拐ってくる?」
「もう、すぐ犯罪に手を染めようとする! ……でも、それいいかもしれないわね」
「お嬢様!?」
アルトは「ついにお嬢様が悪の道に!」と嘆いているが、なりふり構っていない人材を見つけるのにとっておきの場所があることを、私は知っている。
「明日は闇市場に行きましょう!」