第996話 クロスステッチの魔女、夜を過ごす
水浴びをして、新しい服に着替えた後で、踏み洗いをする。それらの服が乾くまでには、時間が必要だった。特に、私の服はどうしても、大きくて水をよく吸ったから。夏とはいえ、もう日は傾いてきた時間帯。木に渡した黒布の横に紐を渡して、私の服やルイス達の服、それからアワユキを干しておいても、最低でも明日の朝までは乾かなさそうだった。
「主様ー、アワユキもぶらぶらしてないとだめ?」
「濡れちゃったもの、そこでぶらんぶらんしておいてくれる?」
「はあーい」
砂糖菓子を食べさせてやると、大人しくぶら下がっておいてくれるようになった。アワユキだけぬいぐるみの体だから、他の子達が陶器の体についた水を布でふき取っているようには、簡単にはいかないのをこういう時に考えてしまう。こういう時に布や服を焼き捨てる場所もあるそうだけれど、そんな余力はこの辺りにはない。なので、洗うのがこの地域のやり方だった。
「あるじさま、今日は何を食べられますか? 干し肉を出されますか?」
「ううん、まだ数日はやめておきたいかな。今日もパンで」
本当はそろそろ、バターとかを食べたいのだけれど。鳥や獣に由来する食材は、生者の義務を果たしている間と、終わってからしばらくは食べられなかった。死体の肉を食っていると間違われるから、だったか。あと三日位はお預けだから、村にはゆっくり向かうことにする。迂闊に近寄って、巻き込みたくはない。
「早く食べられるようになりたいですねえ」
「そのまま付き合ってくれてありがとうね。せめてもの工夫として、火を熾して、焙って食べようか」
こうするとバターは少し、恋しくなるのだけれど。何もせずにそのまま齧るのは寂しいというか、勿体ないというか。贅沢者になったな、なんて思いながら、私はパンを食べていた。
「マスター、マスターの村まではどれくらいかかるのでしょうか」
「ちょっとそれくらいはやっておきましょっか……《探せ》」
私が魔法を使うと、ふわりと布は蝶になった。あまり遠くないらしい。なら、ゆっくり行くことにした。知っている場所や見覚えのある景色があれば、それを歩いて見回ってもいいかもしれない。
「キーラさま、おうちには誰かいるんですか?」
「さあ。私の知っている人が、生きているかも怪しいくらいの時間が経っているのよね」
二十年。麓では大したことがないのかもしれないけれど、山では結構な時間が経っている。人は早めに死ぬからだ。だから、知らない場所に辿り着く可能性もあった。




