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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
43章 クロスステッチの魔女と山越え

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第984話 クロスステッチの魔女、糸のことを考える

「雲、雲、増えろ、膨らめ、膨らめ。雨の恵みを持ってこい、草を増やせや、膨らめ、膨らめ……」


 くるくると回るスピンドルを見ながら紡いでいるうちに、私はいつか聞いた歌を歌っていた。いつ聞いたのかは、あまり覚えていない。雨は……ないと困ったし、ありすぎても困った記憶しかない。降らなければ、草が生えずにヤギが飢える。木の育ちも悪くなって、薪が減る。小さな畑で細々と作っていた、芋だのなんだのも育たなくなる。それに、川も流れが細ってしまう。

 では雨がたくさん降ればいいのかと言えば、そうでもなかった。あんまり雨が降りすぎれば、山では貴重な芋を育てられる土が流れ出ていくし、地面は緩んで滑る。川も、太りすぎれば立派な災害になった。どちらも一度だけ、大人が大騒ぎしているような年があった気がする。


「綿より硬い気がしますね……」


 そんなことを呟きながら、麻を紡いでいるのはルイス。アワユキは流れを整える作業を楽しそうにしていて、キャロルも自分の分の麻を紡いでいたが、手が小さいからか、ルイスの糸より一回り細いようだった。使い方を分けてやるべきだろう、あれにはあれで作り甲斐のあるものがある。魔法に糸の太さが指定されていないことは多いけれど、暗黙の了解はなんとなくあるのだ。具体的に言うと、あんまり細い糸で穴間隔の大きな目の荒い布にクロスステッチをすると、糸が細すぎて魔法としての見栄えが悪く、そのまま魔法としての力に影響してしまう。細い糸なら、穴間隔の小さな目の詰まった布に使うべきだ。


(魔法ではなくて、あの子たちの服とかを作るのに使ってもいいけれど)


 そんなことも考えた。《ドール》を着飾れるものは、いくつあっても損ではない。あれだけ細い糸なら、染めて何を作ってもいい。編み物は……編み物は勘弁して欲しいけれど……レースの編んだのを、お師匠様たちはつけていることがある。では私があれを作れるかと言えば絶対に無理だし、手のひらの大きさのものを少し買うだけでも、かなり高価だった。ターリア様とか姫君達なら、たっぷりつけたドレスだって着られるのだろうけれど。


「あの子達に使う分を少し買うくらいなら買えるけど、失敗して駄目にしてしまったら、泣くに泣けなくなるからなあ……」


「何のお話です?」


「いつかはレースを使ってみたいんだけど、あれは高価で貴重だなって話」


 ルイスは少し、首を傾げた。縁がなさすぎて、見かけても説明してなかったのかもしれない。

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