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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
43章 クロスステッチの魔女と山越え

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983/1072

第983話 クロスステッチの魔女、糸紡ぎする

 巻き取った雲は、綺麗な白い色をしていた。思わず箒を止めて、これを紡いでしまいたくなる。軽く遠目に見回してみても、村らしき影は見当たらない。残骸や朽ちた家のようなものも、なかった。まだもう少し、かかるらしい。


「紡ぎたい……早くこれ糸にしたい……」


「やってしまってもよいのでは?」


「いいかなあ?」


 ルイスの言葉に背中を押されて、私は箒を大きな木の下へ降ろした。一日くらい大丈夫だろう、と言いながら何日も寄り道をしている気はするのだけれど、まだ秋の足音は聞こえない。いくら厳しい北の山でも、問題はないだろうと思えた。


「糸紡ぎしたーい」


「雲はあるじさまがすべて紡ぐのが良いと思いますが、他に何か、ありますか?」


「綿はこの間、カバンに入れてたの大体あげてしまったから……これはどう?」


 私はカバンの中をごそごそと漁って、ちょうどいい素材を探した。麻の繊維の塊だ――ちょっと、大分、もつれてしまっているけれど。


「綿とは違うのー?」


「麻だからねぇ。指の感じは違うかも」


「僕たち、いつかイラクサを紡いでみたいです」


「……しばらく使う予定はないし、あれは魔女が紡ぐものだから大丈夫よ」


 イラクサの糸だなんて、どこで聞いたのやら。話したかもしれないけれど。あれは、本当に特別な素材だった。《ドール》に代わりに糸紡ぎを頼むことをする魔女だとしても、イラクサを代わってもらうことはあまりないらしい。

 最上級は、墓場のイラクサ。黄金の鎌で刈り取り、そこから出来上がるまで、一切の口を利いてはいけない。有名なものは編み物一門の上着だけれど、最近知った話だと、刺繍の一門でも《無言行のイラクサ》の糸で刺した魔法があるらしい。どちらも、強い《魔法破り》の魔法だ。


「じゃあ、色々と用意して、と……今度やっぱり、糸車を買おうかしら。あれはカバンに入らないと思ってたけれど、探せば小さいものか、小さくできるものはありそうだし……」


 錘とスピンドルを用意して、私は夏の木陰で糸紡ぎを始めた。雲のひと欠片を指で摘んで糸端とし、その先端をスピンドルに結びつける。しばらくは指先の力で雲を細い糸にした。雨は入っていないはずなのに、ひどくひんやりとしている。


「麻はみんなでやろうね」


 大きめの塊を皆で分け、それぞれに糸にし始めたようだった。夏の涼しさをもたらす風に吹かれて、いい気分で糸を紡ぐことができる。風もいつかは糸にしてしまいたいところだけれど、中々難しそうではあった。

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