第983話 クロスステッチの魔女、糸紡ぎする
巻き取った雲は、綺麗な白い色をしていた。思わず箒を止めて、これを紡いでしまいたくなる。軽く遠目に見回してみても、村らしき影は見当たらない。残骸や朽ちた家のようなものも、なかった。まだもう少し、かかるらしい。
「紡ぎたい……早くこれ糸にしたい……」
「やってしまってもよいのでは?」
「いいかなあ?」
ルイスの言葉に背中を押されて、私は箒を大きな木の下へ降ろした。一日くらい大丈夫だろう、と言いながら何日も寄り道をしている気はするのだけれど、まだ秋の足音は聞こえない。いくら厳しい北の山でも、問題はないだろうと思えた。
「糸紡ぎしたーい」
「雲はあるじさまがすべて紡ぐのが良いと思いますが、他に何か、ありますか?」
「綿はこの間、カバンに入れてたの大体あげてしまったから……これはどう?」
私はカバンの中をごそごそと漁って、ちょうどいい素材を探した。麻の繊維の塊だ――ちょっと、大分、もつれてしまっているけれど。
「綿とは違うのー?」
「麻だからねぇ。指の感じは違うかも」
「僕たち、いつかイラクサを紡いでみたいです」
「……しばらく使う予定はないし、あれは魔女が紡ぐものだから大丈夫よ」
イラクサの糸だなんて、どこで聞いたのやら。話したかもしれないけれど。あれは、本当に特別な素材だった。《ドール》に代わりに糸紡ぎを頼むことをする魔女だとしても、イラクサを代わってもらうことはあまりないらしい。
最上級は、墓場のイラクサ。黄金の鎌で刈り取り、そこから出来上がるまで、一切の口を利いてはいけない。有名なものは編み物一門の上着だけれど、最近知った話だと、刺繍の一門でも《無言行のイラクサ》の糸で刺した魔法があるらしい。どちらも、強い《魔法破り》の魔法だ。
「じゃあ、色々と用意して、と……今度やっぱり、糸車を買おうかしら。あれはカバンに入らないと思ってたけれど、探せば小さいものか、小さくできるものはありそうだし……」
錘とスピンドルを用意して、私は夏の木陰で糸紡ぎを始めた。雲のひと欠片を指で摘んで糸端とし、その先端をスピンドルに結びつける。しばらくは指先の力で雲を細い糸にした。雨は入っていないはずなのに、ひどくひんやりとしている。
「麻はみんなでやろうね」
大きめの塊を皆で分け、それぞれに糸にし始めたようだった。夏の涼しさをもたらす風に吹かれて、いい気分で糸を紡ぐことができる。風もいつかは糸にしてしまいたいところだけれど、中々難しそうではあった。




