表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
43章 クロスステッチの魔女と山越え

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

973/1072

第973話 クロスステッチの魔女、一晩を過ごす

 みんなに追加の綿を紡いでもらっている間も、雨は降っていた。通り雨にしては長いあたり、上の方で風が止んだか、弱まるかしたのだろうか。そんな風に思っている間にも、少しずつ雲は動いていたらしい。雨は段々と、私達の頭の上を通り過ぎて行った。


「雨は止みましたが……夜ですね、マスター」


「そうねえ、もう真っ暗だわ。雨雲が去ったのに、空がこれっぽっちも明るくならないほど遅いだなんて」


「パン食べるー?」


「食べようかしら。バター、まだあったわよね?」


 最後の問いについては、《ドール》たちが答えを言うのを待つより、自分で探す方が早そうだった。カバンの中から引っ張り出したバターの壺は、旅に出る前にたっぷり入れておいたつもりなのに、思ったより減っている。


「今日はちょっとだけにしておこう……」


「どこかの村で買えないんですか? 牛は、そりゃあいないかもしれませんが……」


 山間の村で牛はいない。岩場も多いから、そもそも食べる草の育ちが悪い。ヤギ以外の家畜は、あまりこの辺りでは一般的ではなかった。


「ヤギだと、チーズにする方が多い気がするのよね……まあ、チーズ買って載せるでもいっか」


 白いパンならそのままでも、甘くて美味しい。でも何か載せると、さらにおいしい。明日の朝は焼くだけにしよう、と考えながら、私は魔法で出したパンを魔法で出した火で炙った。


「贅沢って慣れると怖いなあ」


「よくわかりませんが、今のマスターは魔女ではありませんか。相応の暮らしをするのは、悪いことではないと思いますよ」


 ルイスの言葉に「それはそうかもだけど」と言いながら、少しのバターを塗って食べた。干し肉も少し齧る。山の恵みでいいのが採れたら食事の足しにしよう、とは思った。

 なくても生きてはいけるけれど、あんまり味気ないのは嫌になっている自分がいる。白いパンが食べられるだけでも、というか豆パン以外が食べられるならなんでも、ありがたかったはずなのに。


「魔女に相応の暮らし、か。そう言われてみたら、そうなのかもね」


 私はそう呟きながら、食後のお茶を啜った。魔女は身分の高い女が多いから、生活の基準も上だ。美しく装うことはもはや暗黙の義務だし、清貧は一定の尊敬を集めるとしても、最低限というものがある。その最低限さえ、人間だった頃の私には遠かった。綺麗に整えられた家に住み、服を多く持ち、《ドール》を養い、毎日白いパンを食べる。

 木の上に寝ながら、私は私を忘れないためにこうしているのかもしれない、とぼんやり思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ