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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
43章 クロスステッチの魔女と山越え

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第972話 クロスステッチの魔女、糸を染める準備をする

 雨はしばらく降っていても、真っ暗な雲の色を薄くする様子が見えなかった。体感としては、多分、今は夕方くらいだろう。


「んーっ……何か甘いものが欲しくなってきた。まだ少しくらい、あったはずだけど……」


 魔法の刺繍を一区切りつけた私は、伸びをしてからカバンの中をごそごそと漁り始めた。まだお菓子のひとつやふたつくらいは、カバンにあるはずだ。


「主様ー、主様ー、ついでに綿もっと頂戴!」


「もうすぐ、もらった綿の塊が全部、糸になりますの」


「喜んでいただける出来栄えかと」


 そう言って三人が差し出してきた糸は、嬉しそうに言うだけあって、とても細く、よく撚られていた。これで魔法を作りたい、という欲が湧いてくる。


「すごくよくできているわね! これでどんな魔法を作ろうかしら……小鍋、小鍋」


「お菓子はいいんですか?」


「後でいいわよ、後で!」


 私はお菓子を探すのを中断して、染色用の銀の小鍋を探すことにした。雨はまだ降り続いているから、雨水が使えるものを作るのもいいかもしれない。


「マスター、次は綿を僕にもください。僕も、マスターにすぐ使っていただけるような糸を作りたいです」


「まあ、ルイスも? 嬉しいことを言ってくれるわね」


 少し拗ねたというか、対抗心でも持ったのかもしれない。健全に糸の出来栄えを競ってくれるくらいなら、私としては歓迎だった。大きな綿の塊があったので、これをみんなに任せることにする。その間に魔銀製の、染色小鍋は無事に見つかった。

 私の小鍋は、使い込んでやや煤けた銀色に取っ手がついただけの単純なものだ。お師匠様やお姉様の鍋とかになると、色々と装飾が――魔法の効果のない、本当にただの装飾――彫り込まれている。とはいえ、そういう物は一気に高価になるし、何よりそのお金があったら、私は糸や染料を買いたかった。お師匠様がお金を出してくださるということで、見習い用の鍋を卒業した日のことはまだ覚えている。


『こんな魔銀の中でも一番安い鍋なんて、あんた、魔女ならもう少し洒落っ気を覚えなさいよ……』


『その分あれとかこれとか、素材を買ってもらえたらなー、と思ってまして』


『まあ買ってあげるけど……こっちじゃダメ?』


『飾りを壊しそうなので嫌です』


 雨を鍋に受けながら、そんなやりとりを思い出す。結局これで事足りているし、やるなら鍋そのものを買い替えるのではなく、なんとかしてこの鍋に飾りを足したかった。方法の心当たりは、まったくないのだけれど。

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