第966話 クロスステッチの魔女、女達と話す
二回目の乾杯を蜜蜂に捧げて、私たちはまた酒を飲んだ。舌はさらに滑らかになり、私も、自分が旅をしている理由のひとつを話してしまう。
「魔女さまったら、なんでこんなところに?」
「そうそう、山を越えるにしたって、魔女なら飛んでいけるだろうに」
「……探している村があるのよ。でも、名前も場所も全然覚えてなくて」
北方山脈のどこかの、温泉がある村。そうやって探した村を訪ね歩いているのだと、それは口から漏れた。
「ああー……山奥で温泉がある村、だと、正直多すぎないかい? どこだってあるだろう」
「七つ出てきたわ」
「おや、意外と少ないね」
この村では、こうやって共同浴場に入るのが当たり前なのだろう。後から私たちの声を聞きつけたらしい女達が服を着たまま入ってきて、浅い窪地に掘られた湯へ足を浸していた。少なくとも私の村では、見たことのない光景だ。足だけ温める湯もあるらしいとは、聞いたことがあるけれど。
「魔女さま、足湯は初めてかい?」
「あたしらは、全身綺麗にする予定はないんだよ。もう昨日とかにやっちまったからね」
「そうそう。毎日入れなくはないけど、石鹸がすぐなくなっちまうから」
「そういう人は足だけつけて、ここにおしゃべりしに来るんだよ! あははっ!」
女衆が集まって話したりする場所のひとつとして浴場があり、井戸端や川べりがそうであるように、後から参入できる場として作られたようだ。
「足湯はいいよお、冬場に足だけでも温めると気分が楽になる」
「ぽかぽかするからねぇ」
足だけで足りるのだろうか、というのが私からの素直な感想だったのだが、案外事足りているようだ。このあたりの文化や風習には覚えがあるつもりでいたけれど、やっぱり私の知らない物事も沢山あるらしい。
「温泉をひいてる村なんて沢山あるけど、他に心当たりはないのかい?」
「足湯がなかったことしか、確かじゃないかなあ」
「それは……どこだろうねぇ」
聞いてくれた女は、元々この村の出身で、他の村に行ったこともほとんどないそうだ。まあ、大半はそんなものだと思う。彼女が声をかけてくれて他の村から嫁に来たという女の話も聞けたけれど、温泉がないから足湯があるかで、残念ながら手がかりにはならなかった。
「何がしたいかわからないけど、見つかるといいねぇ」
「きっと、そこに行ければわかるはずなのよ。それなりに長い期間、滞在したはずだから」
「この間の冬の雪は酷かったから、村によっては雪崩でやられてしまったらしいんだよ。魔女さまの行きたいところ、ちゃんとあるといいね」
少し、酔いを醒まされた気がした。




