第965話 クロスステッチの魔女、もう一度乾杯する
『酒を分け合って飲むと、男の舌は二倍滑らかになる。女の舌は三倍滑らかになる』という北のことわざがある。それを、私は今、しみじみと感じていた。私に話しかけてくる女達は多いし、それ以上に女同士のおしゃべりが弾んでいるのだ。浴場というのは不思議と声の通りがいいから、離れたところで話しているはずの会話も、同じくらいに聞こえてくる気がする。浴場と洞窟の不思議だ。
「男達は酔っ払うと、下っ手くそな戯れ歌を歌うのよぉ! それに比べたらあたしらなんて、かわいいものだわ!」
そう笑いながら言った女によって、私の杯にはおかわりが注がれた。もう一瓶の酒は、私にくれるらしい。
「歌も下品なものだって出してくることがあるから、子供には聞かせづらいしねぇ」
「魔女さま、もう一度乾杯する? あたしまだ中身あるし」
「私飲んじゃったわ」
「あ、あと一口なら」
「普段よりちょっとでも酔える気がするわ……」
「おかあさーん私もほしいー」
「飲んでみたーい」
「子供は水割りだけど、これ普通のしかないからダメよ」
「「えー」」
……うん、とても賑やかだ。もう少し酒を飲んだり振る舞いたくなってきた。カバンにお酒、入れてたっけ?
「ちょっと戻って、カバンを見てくるわ」
「いってらっしゃいませ、マスター」
私が桶に入れて浮かべたルイス達を置いていくと、私が立ち去った後で彼らを質問責めにする女達の姦しい声が響いた。うん、怖がる人はいなくて何よりだ。触ろうとした子供が叱られる声。
そんなのを耳に入れながら、服を置いた場所に戻り、その横に置いていたカバンの中をゴソゴソと漁った。しばらく漁っていると、蜂蜜酒の瓶といくつかの杯が出てくる。水を出す魔法と簡単な複製を作る魔法と合わせて、浴場に持っていくことにした。
色々に話しかけられていたらしいルイス達が、私の姿にホッとした顔をしたのは、ご愛嬌といったところだろう。
「おや魔女さま……あらまあ! 追加のお酒だわ!」
「水割りも作ってあげられるから、子供達にも飲ませられるわよ」
魔法で杯を増やし、新鮮な水を出し、酒の苦手な女達や子供達にも酒を行き渡らせてやる。それから、もう飲み切ってしまった人達にも。無限に蜂蜜酒の出る魔法は持っていなかったけれど、一応、量は足りた。
「それじゃあ、もう一度乾杯する?」
「音頭は魔女さまがお取りなさいな!」
気づいたらそういうことになったので、私はとりあえず、杯を掲げた。
「えー……おいしい蜂蜜酒を作ってくれた蜂に、乾杯!」
女達には、大変にウケた。




