第963話 クロスステッチの魔女、共同浴場を楽しむ
村の真ん中に温泉が湧き出す場所があるのを利用し、そのままでは熱すぎるために川の水を引き込んで適温に冷ます。季節によって川の水の量を調整すれば、お湯の温度の調整は意外と簡単らしい。
「直接源泉に触るのは危ないからね、あちらには近寄るんじゃないよ」
「火傷は一番嫌だもの、やらないわよ」
私はそんな説明を聞きながら、まず源泉を囲っている場所を教えられた。共同浴場は凝ったものがひとつもない素朴なもので、近くから掘り出したろう石を使って腰掛けがいくつも作られていた。それに座った女達が、姦しくおしゃべりをしながら髪や体を洗っている。小屋にはいくつもの服があることからわかっていたけれど、やっぱり沢山の女達が入りに来ているようだった。
「おや、あれは」
「魔女さまじゃないか」
「首飾りはずっとするんだねぇ」
「あたしら、出たほうがいいのかしら?」
「さあ……そんなら奥さんから、先触れのひとつでもあったろうよ。あたしらの服があるのは見えてたはずだし」
「そうだよねぇ」
「髪が長いわ!」
「あれくらい伸ばしてみたい……」
等等、好奇心に満ちた声が湯煙の中から聞こえていた。私は気にせずその中に入り、まずは持ち込んだ桶で軽く体をお湯で濡らす。体を少し温めて汚れを流してから、風呂に浸かることにした。つい体が動いてしまったから周りを一応見ると、村長の妻も同じようにしていたから、問題ない……はず。一応、髪は括り上げておくことにした。
「髪が長いと大変だねぇ」
その様子を見ていた村の女が、私に笑いながら声をかけてくれた。
「まあ、好きで伸ばしているからこれくらいはしないとね」
「違いない! あたしらは伸ばしてる余裕がないから、みんなしてこういう時は楽なもんさ」
長い髪を維持するというのは、実はそれなりに手間だったりする。具体的に言うと、手入れに時間も石鹸も余計にかかる。だから、こういうところの平民の女は髪を伸ばさないし、逆に身分や金がある女が短い髪をしていることはない。髪を売ってカツラにする商売は一部の国でしているようだけれど、髪を売るために伸ばしている平民というのはこの辺りでは珍しいものだった。ちなみに、魔女は身分の高い女が多かったこともあって、ごく自然に長髪だ。私も見習いをしながら、伸ばすように教えられた。
「はー、気持ちいい……」
温泉に肩まで浸かると、程よい温度のお湯に全身が包まれる。簡単に温泉に馴染んでいる私を、村の女達は歓迎してくれた。




