第960話 クロスステッチの魔女、一品を出す
村の人達に外の話を色々していると、村長が声をかけてきた。
「魔女様、お食事の支度ができたよぅ」
「村長さん家のはおいしいよ」
「奥さんが上手だものね」
そうやってどこか羨ましそうに言う村の子供達の声を背に、私は村長の家にお邪魔した。大きな円卓には、机を埋め尽くすほどに沢山の皿が並べられていた。焼いた山羊か何かの肉の塊に、大きな黒パンの塊。油を絡めて焼いた芋と野菜に、塩漬け肉、それから魚の大きな切り身が入ったスープ。蜂蜜酒は机の下の、大きな甕いっぱいに入っていた。
「一応聞くのだけれど、これは頑張って食べきるのではなく、振る舞いの方かしらね?」
「ええ、ええ、振る舞いの方でして。よければ魔女様も、ご一品」
エルロンド村の『輪振る舞い』に似たようなものを、少し変則的な形でやるものらしい。私は頷いて、魔法で作ってカバンに入れていた、大きな白パンの塊を出した。《保存》の魔法もあって、朝に魔法で作ってしまっておいたものだけれど、まだ十分にふわふわとしている。スープいらずだ。
「じゃあ、私からはこれを出すわ。使って頂戴」
「なんとまあ!」
私の杯に蜂蜜酒を注いでいた村長の妻が、驚きの声を出す。村長の妻は村長と同じ年頃の、少し白っぽい黒髪に薄い灰色の目をした女性だった。丸い体型を装飾のついた服で覆っていて、お師匠様よりも年上の姿をしている。私が出してきた白い大きなパンを見て、驚きながら触っている。しばらく触って満足した後は、花飾りのついた大きなパン切包丁を出してきて、それでパンを切り始めた。
「必要なら、もう一個は出せるわ」
「魔女さまはすごいねえ。黒パンなんぞ出して、お恥ずかしい」
「豆パンじゃなければ別に。おいしいじゃない、黒パンも」
「村娘みたいなことを言うねえ」
実際にまあ、そうだったのだけれど。豆パンは本当にもう嫌だった。豆パンと言う名前が適切なのかは、ちょっと自信がないのだけれど。あれはほとんど豆だったし、豆としてもおいしいものではなかった。お師匠さまのところで食べる豆とは絶対に種類が違うのだけれど、違いがわからない。水分がなくてパサパサしていて、粉っぽかったし。あの時はカサ増しのために、豆を少量のパン生地で包んで出されたっけ……私以外にも出されていたから、まだマシだったけれど。
「こっちは一昨日のパンだで、スープに浸して食ってくだせぇ」
「うん、そうさせてもらうわ」
村長夫婦に合わせて簡単に祈ってから、食事が始まった。




