第959話 クロスステッチの魔女、外の話をする
ジョーに案内されたエルテイラの村では、主に狩りと魚獲りを生業としているのだと村長は教えてくれた。後は少しの畑で芋を作り、男達は出稼ぎにも行くそうだ。
「もっと山奥の村へ人が出入りするから、その時に泊めてやることはあるが……あんまり多くないなあ」
「山越えの商人とかはいないの?」
「大きい道からは外れとるからなあ、ジョーがおらんかったら、魔女さまも危なかったかも」
「……遭難は嫌ね」
魔法でなんとかできるとはいえ、私には空間移動の《扉》のような魔法はまだ使えない。つまり、《探し》の魔法やその他の魔法を駆使しながら、自分で藪なりなんなりから出ないといけないのだ。食べるものはあるとはいえ、普通に嫌だった。獣を仕留める手段も、道を探す魔法も、水を出す魔法もある。手立てならいくらでもあった。
問題があるとすれば、私の心だ。山の奥で遭難なんてしたら、普通は死を覚悟するような事態になる。山の中の景色は似た場所が多いし、こんな場所では街ほど多く、人と行き合うこともない。遭難なんてするような場所なら、特に。
(そうなったら落ち着いていられるかしら。私には《ドール》のみんながいるから、一人じゃない分、大丈夫だと思いたいな)
そんなことを考えていると、村の子供が「そのキラキラ、なあに?」と聞いてきた。指さしているのは魔女の首飾りなので、屈んで見せながら説明してあげる。
「これは、私が魔女である証の特別な首飾りなの」
「みりーもほしー!」
「魔女になるならつけられるけど、魔女になったら、お母さんとは一緒にいられなくなるわよ?」
母親にくっつきながら言ってきた幼い少女は、私の言葉に「や!」と叫んでさらに母親にしがみついた。
「こら、ミリー! すいません、魔女さま」
「いいのよ、そう思う方が普通だもの」
私は軽く手を振って気にしてないという仕草をしながら、村の子供達に外の話をしてやることなやした。麓のこととか、都のこととか、それから沢山の人々のこととか。
「そんなにたくさんの人がいるのー?」
「ここより広くて、家がたくさんあって、人もたくさんいるのよ。いろんな食べ物があったり、お店や、おもちゃがあったりもするわ」
村の外では些細なものでも、この村では面白いもののように聞いてくれて、なんだか私も嬉しかった。服を作る店があることや、最近では少しずつ、服そのものが売っているという話には大人達も驚きの声をあげていた。
「村の外は不思議だねぇ、母さんに作って貰えばいいのに」
「そうだよねぇ」
なんて言ってる親子もいた。




