第939話 クロスステッチの魔女、蜂蜜酒を傾ける
蜂蜜の甘い酒に、岩塩を砕いて塩味をきかせたスープ。干し肉やその他も混ざっているので少し味は濃いけれど、浮き身のと薄切りにされたのと、二種類のパンがあるからあまり苦にはならなかった。
「魔女様、おいしいかい?」
「ええ。それに、『輪振る舞い』にケチつけるなんて失礼はしないわ」
「それはよかった。たまに来る新顔の商人にはよぅ、何も持ってきてくれなかったり、口では言わなくとも不味そうな顔をするのがいてねえ」
「……よく叩き出されなかったわねえ、それ」
「村で商いをした後だったし、夜に地べたの人を外へ叩き出したら、死んじまうだろ。魔女様なら、空でも飛んであっさり行っちまうだろうが」
「それはそうだわ、間違いない」
村人は私の言葉に笑った。籠った話し方が耳に懐かしい。
どうやら『輪振る舞い』は、北の山間部に多い風習らしい。平地ではまずあまり見られないということを知ったのは、私が山を下りてしばらく経ってからのことだった。参加者皆で食材を持ち寄り、食材を持っていけない家の者は準備を中心にやる。そうして出来上がったものを、外で輪になって食べる。村に害をなすものではない証に食材を持ち込むか働き、村人も相手を信用する証に皆でそれを口にするのだ。
わかりやすい風習だと思うのだけれど、平地の方は——今のところ、私が知っている限りは——あまり、こういう習慣がないようだった。私の村の場合、確か、花を飾った鍋は嫁婿を外から迎え入れる時の、一番上等な『輪振る舞い』だったはずだ。ここではそういう時は、また違う飾りでも使うのだろう。
「魔女様、蜂蜜酒イケますんかあ。もう一杯おいりで?」
「頂戴!」
旅人の鉄則。振る舞われたものはよく飲み、食べること。特に魔女である以上、どう頑張っても村人たちとは『違う』から、こうやって歓待を受けることは必要だった。向こうに無理に振る舞わせるのでなければ、その歓待の意思を断る方が失礼だし、無駄な軋轢になる。極論、「振る舞う飲み物や食べ物に毒でも入れていると疑うのか」となりかねないのだ。そうなった人の話も、聞いたことがあるし。
というわけで、蜂蜜酒をもう一杯注いでもらった。とろりとした黄金色の液体に、甘い匂いと香草のほんのりとした香りが混ざっている。
「私はねえ、葡萄酒よりも蜂蜜酒が好きなの。近くに蜂の巣さえあれば、蜂蜜酒作りたいくらい」
「魔女様ならやれるってえ、おばあに作り方を聞いておくとええ」
そんな雑談をしながら、もう一口飲んだ。




