第937話 クロスステッチの魔女、ごちそうの準備を見守る
エルロンドの村では、旅人用の家が用意されている通り、相応の体勢が整っていた。やっぱり私の故郷ではないけれど、山の村にしてはそれなりに風通しが良くて、悪くない場所だと思う。
「この村は、温泉はあるかしら。私はそういう場所を探して旅をしていたのだけれど、エルロンドはどう?」
「魔女様はお目が高い! ありますとも、村の共同浴場まで湯を引いております。湯治で?」
「場所探しってところかしらね……入っても?」
簡単に許可が出た。というか、旅人の家にも浴槽があり、希望した人には浴場から湯を汲んでやっているらしい。首から下の全部で温かい湯に浸かる、という楽しみ方は知る人こそ知れ、知らない人はほとんどが首を傾げる奇妙な習慣。特に夏になってもやる人は少ないので、常に入れっぱなしとはいかないらしい。
「まじょさまー、きょうはみんなでごはんたべる? 『わふるまい』だから、ごちそうだよ!」
「食べていいならいただくわ。私の持ってきたパンも入れてくれる?」
「うん!」
アーリャに魔法で作ったパンを沢山入れた布包みを渡すと、彼女は犬と一緒に女衆のところまで持って行ってくれた。彼らの食糧備蓄に迷惑をかけるつもりはなかったのだけれど、女達が囲んでいる鍋に見覚えがあったからだ。模様が彫り込まれた丸い大鍋には、山の花が持ち手に飾られていた。
「マスター、一緒に食べられることにしたんですか?」
「ええ。あれは『輪振る舞い』の鍋だから、何も入れない方が失礼よ」
女達は私の包みのパンが、包みの大きさより明らかに大きいことに驚いているようだった。老婆の一人が遠くに私を見つけて、女衆全員に一礼させる。ちなみにルイスの髪が少しぼさっとしているのは、さっきまで村の子供達にもみくちゃにされていたからだ。キャロルとラトウィッジも髪や服を直しているが、同じような状態だった。アワユキはまだ捕まっているけれど、本人が楽しそうなのでもうしばらく放っておくことにした。危なくなってきたら、助けに行くことにする。
「魔女様、お食事ができたですよぅ」
女衆の一人にそう言われて、『輪振る舞い』の椀に様々な具が入った汁物がよそわれた。私が新しいパンを持ってきたからか、古いと思しきパンが浮き身にされている。それから戻した干し肉らしきカケラや普通の肉、まだ少し硬い部分がありそうな干し野菜などが、透明な汁物の中にいる。
「蜂蜜酒、いりますかい?」
「ぜひ!」
「今日はお酒を飲まれますのね」
「必要だもの」
小さくキャロルにそう返して、私はおいしそうな蜂蜜酒を受け取った。




