第936話 クロスステッチの魔女、子供と遊ぶ
エルロンドの村は、中心部からぐるりと見回せる程度の広さしかない狭くて小さな場所だった。少なくとも、石垣で囲っている場所は。通ってきた畑のような場所を改めて勘定に入れるとしても、やっぱり広くはないだろう。小麦畑の類がないのは大きいけれど、あまり広くても管理しきれない可能性も高い。そう思えば、仕方のないことなのかもしれなかった。
「よその人だ……」
「商人?」
「おかあさーん、あれ外の人?」
「そうだと思うわ、ほら、あそこに泊まるのよ」
声を潜めているつもりでも丸聞こえである。まあ、わかりきっていることだし、私もやった覚えしかないので、とやかくは言わない。変わり映えのしない日々を過ごしていると、知らない顔があるだけでちょっとした騒ぎになるのだ。それが拒絶になるか歓迎になるかは村の気風次第で、このエルロンドの村は歓迎寄りのようではあった。確かに道中、一応それなりに踏み固められた道はあったし、人はそこそこ来るのかもしれない。
「すみません。いつもの商人も行っちまって、みんな、退屈してて」
「大丈夫よ、慣れているもの」
ひらひらと手を振りながら、村長について歩くと、足元に何かぬくいものがくっついた感覚があった。両足に。というわけで下を見てみると、私の左足には三つくらいの女の子が。そして右足には、黒い毛並みの舌を出した犬がいた。
「こら、アーリャ! 何をしている、お客様から離れろ!」
「このひと、おひめさまー?」
「わんっ!」
黒い髪に黒い目をした子供が、やたらキラキラとした期待に満ちた目をしている。どこで間違えられたのだろうと考えたものの、多分、服と魔女の首飾りがそう見えたのかもしれない。
「お姫様じゃないわ、魔女よ」
「まじょー?」
アーリャは日に焼けた肌で、私の服を不思議そうに触った。彼女自身は、山羊の毛を織って紋様を出した布を巻き付ける方式の服を着ている。もしかしたら、こういう縫製の服を見る機会があまりなかったのかもしれない。これも、そうだった気がするという記憶からの話だけれど。
「そうよ。魔法を使うし、長生きするの。私はまだ魔女の中でも小さいから、そんなにすごい人じゃないんだけれどね」
「ふーん」
屈んで目線を合わせて、簡単に説明する。アーリャは納得したのかしていないのかわかりづらい顔で、「触らせてあげる!」と犬を指振りひとつでおすわりさせた。一緒に育っているから、通じ合えているのだろう。
「この子、名前は?」
「ルールーだよ!」
私が手をやると、すぐに耳を伏せて撫でられたがるほどの犬だった。猟犬なのに。




