第926話 クロスステッチの魔女、一緒に雨宿りする
男は、ジョナサンと名乗った。近くの村で狩人をしていて、狩りの途中で迷ったらしい。
「いやあ、酷い目にあった。少し雨が小ぶりなうちに帰ろうと飛び出したものの、結局、雨に降られてしまって。いい大きさの木もなくて、すっかりずぶ濡れになったよ」
「そう。お茶は飲む?」
ジョナサンは私がお茶を勧めると、ゆるりと首を横に振った。「魔女様のお茶は恐れ多くて」と言って、自分の革袋から水を飲み始める。
「変な人ねえ」
「変、っすかねえ?」
髭が顔面いっぱいに生えている中で、口だけが良く動くのは不思議な感覚だった。表情はわかりにくいが、多分、笑っているんだと……思う。
「俺ぁ、魔女様にお会いすんのは初めてだ。普通の娘っ子みたいな顔してんけど、ちっちゃい人形連れてるってのは本当なんだなあ」
「この辺りは魔女が住んでいないの?」
「俺は見たことねえなあ」
ジョナサンはそう言って、焚火の火をまじまじと見ていた。
「魔女様ってのは不思議だなあ、布を燃やしてるように見えるのに、地面の草が焦げてねぇ」
「魔法の火だもの。それでもちゃんと温める力はあるから、その革袋の中身も温めることができるわよ」
「じゃあ、そうさせてもらおうかなあ」
革袋が焚火の傍に置かれる。少し物欲しそうな目で見られているような気がしたけれど、私は表立って気にしないことにした。まだ口に出して言われていない以上、口に出してこちらから言う理由もない。——それらを潔癖に拒否し続けてもいいんだろうけれど、この視線が気のせいだった時が申し訳なくなるからだった。
「ねえ、ルイス。なんだかこのジョナサンって男、少し変な気がするから、気にしておいて」
「……わかりました。追い出さなくていいんですか?」
「私の気のせいかもしれないから」
私はルイスにこっそりと囁いて、一応、護身用の魔法も使える用意はしておいたまま、ジョナサンと話すことにした。狩りの獲物はまだ穫れていなかったとのことで、「焚火代に」と干し肉をわけてもらう。まだお腹は空いていなかったので、カバンに入れておくことにした。
「魔女様は、どうしてこんな田舎へ?」
「探し物をしているの。その心当たりがこの先と、それから他にも六つ。だから、七か所全部を渡り歩いてみるつもりよ」
「へえ……魔女様が探すようなものなんて、ないと思いますがねえ」
なんだかジョナサン自体に違和感がある。あるけれど、正体がわからない。だから、私も全部を話すことはできなかった。




