第923話 クロスステッチの魔女、天気を読む
木の上に新しい敷物を敷いて一晩を過ごした感想は、「結構いい買い物ができた」だった。ちゃんとお金を出した分なのだろう、寝ても体が硬くなっていない。
「おはようございます、マスター。朝の紅茶をお淹れしますか?」
「うん、お願い」
木から降りた後は、眠気覚ましに少し歩いて、近くの小川で簡単に顔を洗う。それから、革袋の水から紅茶を淹れてくれるルイスや私の代わりに敷物を下ろすキャロルとラトウィッジ、さっそく何かを見つけて茂みを注視しているアワユキといった様子を眺めていた。
「アワユキ、何か面白いものでもあった?」
「キラキラのちっちゃい石! ほらほらー!」
指さしている方を一緒に覗いてみると、小さな水晶の欠片がいくつか、地面に自然に生まれていたようだった。まだ地の力を吸い上げ、大きくなるような気がする。
「これはここに置いておきましょうか。多分、まだ大きくなるわ」
「もっと大きくてキラキラになるの!? 楽しみー!」
適当に降りた場所だから、もう一度ここに来ようとして来られる気は、正直言ってまったくない。ないけれど、私ではない魔女が、あるいは人間が、大きくなった水晶を手にするのであれば。
それはなんだか、とても素敵なことになるような気がした。贈り物を仕込んだような気持ちに、近いのかもしれない。私は水晶が育つのを助ける魔法をかけてやって、今日はその場を離れることにする。
「マスター、お茶、入りましたよ」
「朝のパンもご用意いたしましたの」
「今日はどこまで行くか、目標はあるんですか?」
それぞれの言葉に返事をしながら、簡単に朝食をとる。どこまで行きたいという目標もなく、ただ、魔法の案内する方へ飛んでいくだけだった。
「んー……これは今日、雨が降るかも。だから、あんまり高くまでは行かないつもり」
「雨、ですか? 黒い雲は見えませんけど……」
見上げた空には、確かにわかりやすく雨を身ごもった黒雲はいない。けれど、夏の角雲が大きく膨らんでいるから、こういう時は天気が崩れやすかった。特に山へ近づいている今、天気は赤い館の女より変わりやすい。……赤い館の女に会ったことはないけれど、昔からそう言うのを聞いていた。
「山の方に行くと、天気はよく変わるしね。降りてみたら本当に変化が少なくて、最初の頃はびっくりしたわ」
簡単に片付けをして、結界石を外し、魔力を注ぎ直す。「今夜もよろしく」と呟いて袋にしまった――これもいい買い物だった。




