第922話 クロスステッチの魔女、野宿の思い出を話す
お茶を楽しんで満足した後は、敷物を丸めてカバンに入れる。それを持って木を軽く登り、目星をつけておいた太い枝を、まずコツコツと扉に対してするように叩いてみた。……よし、不自然に虚ろではなく、しっかりと身の詰まった木の音がする。大きな木の洞があって、よじ登ったら折れる、なんて心配はなさそうだ。
まあ、多分そうなったとしても、魔女の体と仕込んだ魔法で、大怪我はしないとは思うけれど。とはいえ、好んで痛い目に遭う趣味もないので、こういうのは大切だった。
「マスター、先に僕達で敷物を広げますか?」
「ああ、そうね。お願いできる?」
「お任せください」
服の魔法で飛んでいるルイス達が、私のカバンから敷物を取って枝に敷く。その上に私が乗れば、もうそこはそれなりの寝床だった。
「そういえば、この間の魔女組合のお店には、ベッドも置いてありましたわね。あるじさまは、本当にこれだけでいいんですの?」
「いくら魔法の結界を張っているとはいえ、外にベッドを持って行って寝るのは……一度試したけれど、どーにも落ち着かなくて……」
《容積拡大》の魔法のカバンがあれば、ベッドそのものだって持ち歩くことができる。できはするものの、森の真ん中にベッドを広げて眠れるかといえば話は別。私の場合は、答えは「否」だった。
「試したことがあるのー?」
「見習いの頃に、自分の部屋のベッドを魔法で軽くしてみたついでに、外に持っていったの……ひどい目にあったけど」
思わず、遠い目になってしまったのも仕方のないことだろう。あれは魔法を少しずつ使えるようになって、まだあまり経っていない頃だったはずだ。
魔女が野宿する時の話を聞いた私は、《軽量化》の魔法で軽くしたベッドを外に持って行った。自分でもやってみたくなったのだ。これはまあ、いい。問題は、その後のことだった。
「魔法で軽くしたままのベッドで寝ようとしたら、強い風に煽られて、飛んだのよね……」
「飛んだ、ってまさか……ベッドが? キーラさま、大丈夫だったんですか?」
「半泣きでしがみついてたわ」
本来であれば、《軽量化》の魔法はベッドを置いてから一度解く。そうでないと、特にその時は魔法の刺繍布をベッドにかけていたから、ベッドに触れている私にも魔法が働いてしまうからだ。結果、風に揺れる木の葉のようにベッドごと飛んだ。私が。
「風が止んで、ベッドと私が森の中に落ちてから、魔法を解いて――それ以来、そういうことをする気も失せちゃった」
翌朝に叱られたのは、言うまでもない話だった。




