第914話 クロスステッチの魔女、謝られる
私が街に到着したのは、もうすぐ日が暮れようかという頃合いだった。それなりに大きな街では旅人の姿もそれなりに見えて、私の姿をチラリと見かけては、「魔女だ」「魔女がいる……」と驚いた声を漏らす人がちらほら。魔女の少ない地域からでも来たのだろうか。
「あっ……」
そんなことを考えながら、いつも通りの顔をして、いつもの買い物をしようと店に向かっていた。私の顔を見て、店員や住民といった、さすがの私にも見覚えのある人たちは時折、顔を伏せる。……声でもかけてくれた方が、気楽なんだけれどな。
「マスターに悪いことしちゃったって、反省してるのでしょうか?」
「そうかもしれないけど、あんな風に俯いて意味深な顔されても、どんな風に反応していいか困ってしまうわ……」
「あるじさまにお話のある人は、向こうから話しかけてきますよ。だからきっと大丈夫です」
キャロルはつんとおすましをして、私にそう言ってきた。そういうものなのか、と思って、お姉様やお師匠様に叩き込まれたように背筋を伸ばし、堂々と歩いてみることにした。これを体得するまで、大変だった記憶もついでに蘇ったけれど。そういうことを自然にできる魔女の方が、実際は多いんだろうな。
「あのぅ、魔女様……また、来てくれたんですか」
私が時々行っていた乾物屋に入ると、店主は複雑そうな表情をした。確かにこの中年男性は、私がこの街に来るようになったのと前後して店を継いだとかで、時折、話す人だった。そして春、私にパンを乞うて渡された人の一人でもある。
「今度、長い旅に出るの。冬の手前まで戻る予定がそんなにないから、ここの干し肉を買っていこうと思って……ダメ?」
「滅相もない! あの時はすみませんでした……食料を扱う店として、街の人たちに売っていたものの……お金は、食べられないので……」
どうやら、街の人に保存食を回した結果、自分達の食べる分がそんなに残らなくなってしまったらしい。私があげたパンでお腹を満たして落ち着いた時、どれだけ恥ずかしいことをしていたのか気づいたそうだ。
「そりゃあ、あの時は驚いたけれど……そんなな気にしていないわ。見習いの頃から買い物に来ていた街だもの、嫌いになりきるにはまだ足りなかったわね」
「せめてものお詫びに、色々とおまけをさせてください」
ええと、こういう時ってどう言うんだっけ。あんまり人に謝られたことがないからな。ああ、そうだ。
「謝罪を受け入れます……で、いい、はずよね、言い方として」
「ありがとうございます……!」
本当にたっぷり、おまけと割引をされてしまった。商売が心配になるほどに。




