第913話 クロスステッチの魔女、あの街に向かう
敷物に結界石やその他、色々と潤ったばかりの懐で買い物をする。一通り周って満足をしたら、これ以上余計な買い物をする前に組合を出ることにした。ちなみに、果実水にする干し果物はさっそく水袋のひとつに入れている。味が移るのが楽しみだった。
「それから、そろそろ……あっちに行かないとね。紅茶の感想、話に行かないと」
私は自分に気合を入れるためにそう言って、あちらの――春先に揉めてしまった、近くの街の方角を見た。ルイス達が心配そうな顔をしているけれど、いつまでも気にしていることはできない。それに、あの人はもう老人になりつつあった。お茶の感想を話すことができないまま、二度と会えなくなっては――きっと、寂しい。
(あの店は魔女との付き合いが長いから、私の約束を息子とかに継がせて、なんでもない顔をして過ごすのだろうけれど)
『紅茶店の店主』との約束として、私が彼の息子に紅茶の感想を話したとしても、きっと聞いてくれるだろう。魔女に近い店として、彼らはそうやって私たちと付き合って来たのを、私も知っている。
『店主はいる? 前に頼んでいた茶器が入ったって聞いたのだけれど』
『今の店主は私です。――様ですね。先先代の頃から申し送りされておりましたので、すぐにお渡しします』
『そう。すぐに来たつもりだったのだけれど』
『お早めに来ていただけた方ですよ』
なんて会話を聞いて、当時は見習いだった私も、魔女らしい魔女の会話だと思った記憶がある。いつかは自分も、こんな会話をする日が来るのだろうと。とはいえまあ、それは――もう少し、後でいい。まだ私には、肉があるのだから。
「ねえ、みんな。大丈夫だと思うけれど……もしまた嫌なことがあったら、今度はすぐに飛んで逃げようと思うわ」
「それで良いかと。マスターは魔女なのですから、美しいもの以外には膝をつく必要がありません。人間であるなら王様だってなんだって、マスターが望まないなら、従わなくていいんです」
「……驚いた。どこで覚えたの、そんなセリフ」
「剣と一緒に習いました」
今度、グレイシアお姉様達に何かお贈りするべきだろうか。魔女の心構えを改めて説かれると、気にする理由が少しずつ失せていく。
「じゃあ、みんな、行くわよ」
「いつでも飛んでくださいな、あるじさま」
「嫌なこと言う人がいたら、アワユキ、寒くさせて嫌がらせするー!」
「もう暑くなってきてるから、涼しく思われて終わりなのかも。行きながら、もっといい手を考えよう」
ちょっと止めるべきか迷ったけれど、まあ、本当に大事にできるだけの力は、彼らにはないはずだ。だから私にできるのは、彼らのその優しい心を受け取ることだけ。




