第911話 クロスステッチの魔女、長旅の準備をする
依頼をまずは終わらせてから、と刺繍や糸紡ぎを全部終えるまで、数日かかった。締切がない依頼は旅から帰ってから取り組んでもよかったのだけれど、受けたことを忘れるような気がしていた。なので、全部出し切っておくことにした。依頼の対価ももらえて、懐も潤わせてから行くことができるし。
「……はい、これで受けておられる依頼はすべて完了しました。他に何か、新しく受けて行かれますか?」
「いえ、しばらくこの辺りを離れるので、大丈夫です」
担当の魔女とそんな会話をしてから、お金を受け取る。色々と達成したから、とまとめて銀貨で払おうとしたのを止めてもらって、細々使うからと銅貨にしてもらった。どうせ、すぐに崩す予定だ。
「旅道具は一応家で確認したんだけど、敷物を新しくしたいのよねえ……」
柔らかい生地と頑丈な生地を貼り合わせた敷物がひとつあれば、森で食事をすることになってもおいしく食べられる。そう思ってあちこちで使い倒していたのだけれど、さすがに傷んできたのだ。表地の毛足は元気がなくなって草臥れてきたし、裏地も流石に、石の多い地面に置いたりしていたら、擦れてきてしまった。今回は山の方に行くから、表地が草臥れているのは我慢できても、裏地が破れたりしたら耐えられない。
「長旅の支度でしたら、組合で取り扱いを増やしたんですよ。よかったら見ていってください」
「素敵! なら、そうさせてもらいます」
組合の魔女にそう言われて、私は案内された方に行くことにした。行ってみると、色々なものが確かに並んでいる。
強めの《浄化》の魔法がかけてあって、生水や雪解け水であっても、入れれば飲めるようになる革製の水袋。ただし、酒や果実水や紅茶も全部水にされるらしい。そこまで強いのは、いらないかな……そういう水しかないなら、沸かしてお茶を淹れればいいだけである。
私が持っているものより、表地の柔らかさも裏地の頑丈さも強化された上位品。お手入れ用の魔法付き。色も、私が持っていた生成色の他に、白や黒、赤、青などが増えていた。ここは、私が前に買ったのと同じ生成色にする。これはこの色が好きと言うより、単純に良く見える気がするからだ。
「マスター、これはどうですか? 普通の干し果物とは違うみたいですよ」
「砂糖まぶしとは贅沢な……あ、でもこれ、果実水用なのね」
水袋に水と一緒に入れておくと、持ち歩いている間においしい果実水になるらしい。大半はもう売れてしまっていたけれど、姫星林檎のものがあったので、一袋買っていくことにした。




