第900話 クロスステッチの魔女、《ドール》の見せ合いっこをする
組合の服を着た《ドール》が、私たちのカップにお茶を注いでくれる。甘い花の香りがする、飲んだことのない素敵な紅茶だった。
「このお茶、なんていう種類なの?」
「本日皆様にお注ぎしておりますお茶は、ロカーナンの冬薔薇茶でございます。薔薇の花そのものを乾燥させて混ぜておりますので、大変に良い香りがすると好評です」
「買える?」
「お申し付けくだされば、ご用意いたします」
薄い金色の髪をした青年型の《ドール》は、そう言って軽く微笑んだ。「一袋いただけるかしら」と私が言うと、横から「あたしにも」「私にも」と声が飛んでくる。マリヤ様とガヘリア様も、この味を気に入られたらしい。
「かしこまりました。お包みしますので、しばしご歓談をお楽しみください。こちらは本日のお茶菓子でございます」
メレンゲを焼いた軽いクッキーが一皿置かれたのは、私が飛び入りで入ったからだろう。同じような皿が真ん中にもうひとつあったが、クッキーの数が増えたことで私も安心して手をつけることができた。おいしい。
「マスター、僕達も少し食べていいですか?」
カバンの中からルイスの声がして、私はお二人に断りを入れてから四人を出してあげることにした。そこからそれぞれに《ドール》を出してきて、見せ合う場になる。
マリヤ様の《ドール》は、魔女に似た茶色い髪の少女型だった。メイドの服に似ているけれど、フリルとレースたっぷりでふわふわな服を着ている。幾重にも重ねた布に包まれている姿は、メイド服の形をしているのに、まるで彼女を姫君のように見せる。名前は、ローズと名乗った。
ガヘリア様は少年型を二人取り出してきたのだけれど、これはまた興味深い《ドール》だった。明らかに顔が全く同じで、髪の色はどちらも濃い紫。細められた金と銀の瞳の左右が違っているから、二人が顔を近づけると金色の目が左右に並ぶ。白と黒という風に色は変えているが、揃いの執事服を着ていた。名前は二人同時に、パックとヒックと名乗った。
「僕はルイスと言います。それと、その……不躾な言い方をしますが、どちらがどちらでしょうか?」
「あまり意味はないのです」
「我らは同じ型と同じ土、そして同じ心から生まれました故」
「こんな《ドール》もあるんですね……」
「一対で売られていて、中々の値段はしたけれどね。買ってよかったと思ってるわ」
結局、どちらがどちらかは教えてもらえなかったけれど、二人ともルイス達に微笑んで友好的な顔を向けているならいい気がしてきた。




