第899話 クロスステッチの魔女、名前の話をする
名前というのは種類があるようであまりないので、一致した時の区別として、何の魔女であるかをつける。それも被ってしまった時の区別のためにあるのが、誰の弟子であるかという名前だ。
「そういえば、同じ名前の魔女には初めてお会いしました」
「マリヤはそこそこ多い名前ですものね」
「いえ、ガヘリア様です。前に不法投棄物を通報した関係で顔を合わせた《天秤の魔女》に、ガヘリア様という方がいらっしゃいました」
その不法投棄物というのが、今のラトウィッジの頭のことであることまでは……まあ、言わなくてもいいだろう。私とお茶をしている方のガヘリア様も知っている魔女だったのか、彼女は軽く手を打って「ああ、あっちの」と呟いた。
「マリヤって名前、多いんですか?」
「人間だった頃の知り合いには、ぱっと思いつくだけで三人ほど。区別のために『茶髪の方のマリヤ』と呼ばれていました。本当は複合名なんですけれど、長いからって縮めてみたら被ってしまって」
相槌を打ちながら思い返してみたけれど、マリヤという名前の心当たりはそこまでなかった。ぱっと三人も思い付かないのは、昔に生活していた地域の違いとかだろうか。長い名前を縮めてマリヤにする、というのも、今ひとつよくわからない感覚だった。今もそれで通しているということは、出身地が一発でバレるような独特の名前だったのかもしれない。そういう名前は苗字と同じように、伏せることが許されると聞いた記憶があった。
「少なくともあたしが人間だった頃には、古臭くてあんまりある名前じゃなかったんだけどねぇ、ガヘリアって。マリヤやキーラみたいな、古臭くなく短くて、呼びやすい名前が良かった」
「名前の憧れなら……キーラは単純すぎるので、長くてかっこいい名前に憧れてましたね。まあ、本当に長そうなのはぱっとは思いつかないのですけれど。でも弟子入りしてすぐの頃、姉弟子の名前が『グレイシア』と知って、長くてかっこいいと思ったものです」
思いつかないのが、私の拙い教養の限界か。ターリア様の歴代の《姫》の名前を並べられた時に、そういう名前があったような気はするけれど、正直覚えていない。
「キーラ、はこの辺りでは聞かない名前ですわわね。遠くから来られたのかしら」
「ええ、生まれは北の方です。恥ずかしながら田舎者で、どこと言っていいのか、自分でも説明はできないのですけれど」
これは名前でわかる話らしいので、素直に頷いておいた。




