第895話 クロスステッチの魔女、連絡をもらう
みんながああでもない、こうでもない、と楽しそうにナイフや剣や弓の練習をしている様子を窓から見ている時、水晶に波が入った。誰かから連絡があった証に、私は水晶を取りに行った。誰だろう、あまり連絡を入れてくるような人の心当たりはないのだけれど。
『クロスステッチの魔女、キーラかい?』
「あれ……お師匠様?」
連絡を入れてきたのは、お師匠様だった。何の用件だろう、と首を傾げながら聞いてみると、お師匠様も不思議そうな顔をしている。
「何かあったんですか?」
『今ちょっと噂を聞いたから、すぐ確かめようと思って……その様子だと、嘘だったみたいだね』
何があったんだろう。噂される心当たりは……あった。昨日のドール泥棒関係の話だろうか。
「あー、もしかして昨日、魔女組合で起きた泥棒騒ぎとかでしょうか」
『現場にはいたのかい?』
「そうですね、いなくなった《ドール》をたまたま見つけたのが私でした」
簡単に、昨日あったことを話す。混んでいる組合の中で泥棒が出たこと、私がサリーを見つけたこと、泥棒の疑いをかけられて組合の一角に呼ばれたこと、《過去映し》の魔法で疑いはすぐに晴れたことも、ちゃんと伝える。
「というわけで、もしかしたらそういうところから変な噂が立ったのかもしれないです」
『ああー……そうかもしれないね、これは。あんたがドール泥棒だって噂が、あたしの耳にも届いている。今度、用件がなくても魔女組合に一度行くんだよ。納品なり依頼受領なりでもいいから、あっちに行くんだ。そうして、疑いを晴らしておいた方がいい』
「そんなことしなくても、別にそのうち忘れませんか?」
だって私は、本当に何もしていないのだし。他の人に何か言われても、あまり気にならないというか……なんというか。いくら近所の魔女組合とはいえ、出入りする魔女の知り合いがそんなに多いわけではない。知らない人に誤解されていても、それを気にする理由が思いつかなかった。
『あんた、そういう子だったね……女の噂を舐めるんじゃないよ。こういう話は野火よりも早く広がる。それに、あんたはそれほど沢山の魔女と交流する方じゃないだろう。それはこういう時、誤解だって言ってくれる人も少ないんだよ』
「なるほどー……?」
正直、いまひとつピンとこなかった。そういう状況になったことが、あまりなかったから。子供の頃から、女たちの井戸端会議に入れてもらえたこともなかったし、入りたいとも思わなかった。そのせいで、今も感覚が養えてない気はする。




