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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
39章 クロスステッチの魔女と《ドール》失踪事件

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第894話 クロスステッチの魔女、自衛策を見守る

 翌朝目を覚ますと、寝過ぎていたらしい。朝というより、太陽の位置は昼だった。まあ、たまにはこんなこともある。


「寝過ぎた……」


「よくお休みでしたので、起こすのも良くないかなあと思いまして」


「そっかあ……まあ、出かける予定もなかったとはいえ……なんか勿体無いことしちゃったなあ」


 受けた依頼も、急いで出さないといけないものはない。どれも年内とか、秋までに出せばいいものだけだった。精々、服を作る予定が遅れるくらいだ。誰かと待ち合わせをしているわけでもない。自分の好きな時間に起きて、自分のやりたいことをして、自分の好きな時間に眠る。見習いでもなくなり、一人で暮らすようになったのに、自由になれても本当に好きに生きるのは、案外難しかった。長年の生活習慣とは、簡単に変えられるものではない。


「昨日は色々あったからー、主様も疲れてたんだよ! アワユキ達もねー、色々頑張るから!」


「あるじさま、わたくし達も自分で自分の身を守れるよう、頑張りたいです」


 シュッシュッ、と口で言いながら、爪で殴ったり引っ掻くような仕草を虚空にして見せてアワユキが言った。キャロルも、小さな握り拳をきゅっと握って言う。二人がやる気なのは、いいことなのかもしれない。小さい分、サリーのように一生懸命動いても気づかれにくい可能性は確かにあった。攫われないように身を守る術を身につける、というのは、悪くない選択肢だろう。


「みんなに身を守るための魔法は持たせていたけれど、他にも少し考えていいかもしれないわね」


「あの前に買ってもらった武器、使っていいかしら」


「そうね、怪我しないように気をつけるのよ」


 確かにラトウィッジに弓矢を用意した時、キャロルにも短剣を買っていた。私はそれを出してくると、正式にキャロルの管理下に置いてやることにする。買ってあげたとはいえ、キャロルはあまり使う気がなさそうだったし、危ながるから預かっていたのだ。


「早速練習してきますわ!」


 そう言って外の庭に文字通り飛び出して行ったキャロルを横目に、アワユキは「アワユキには主様がくれたこの爪があるもんねー」と呑気そうに言ってきた。


「ねーねー主様、悪い奴が来たら凍らせてもいい? 頑張ればできるかも!」


 なんだかさらっととんでもないことを言われた。とはいえ、魔女の全身を凍りつかせられるほどの力はないだろうと思う。私はとりあえず、「夏だとすぐ溶けちゃうと思うから、やるならその爪で引っ掻くようにしてね」と言い添えておくことにした。

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