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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
6章 クロスステッチの魔女の冬ごもり

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第88話 中古《ドール》、はじめての実戦をする(※残酷描写あり

 僕がマスターのお言いつけの通りに灯露草を掘っていた時、ふと、小さな足音を感じた。ソレはマスターの方に近寄っていくように聞こえて、「マスター、」と声をかける。でも、一歩遅かった。


「ルイス? どうしたの?」


「マスター後ろ! 何かいます!」


 え、と振り返ったマスターの姿勢が崩れる。足元に何かが突進して、彼女の体勢を崩したのだ。僕はマスターを守るために、前に出て剣を抜いてそちらに向けた。


「魔物……!?」


 普通の兎より、二回りほど大きい体躯。白い毛並みに、血のように真っ赤な瞳。ダンダン、と足踏みをすると爪か何かが鋭いのか、地面の土が少しずつ抉れていた。鋭い前歯を見せて威嚇をしてくる兎の額には、紫色をしたマスターの人差し指の爪程度の大きさの石がついている。

 魔物……魔兎の一種だった、はずだ。いつかはわからないけれど、前に見たことがある。持っているのは木剣で刃なんてついていないから、魔兎を斬ることはできない。


『魔物は遭遇してしまったら必ず襲ってくる、魔力と攻撃衝動で狂った存在です。体のどこかにある魔石を砕くか、元の動物の生態に則った殺し方をしなくてはなりません』


 誰の声だろう。誰かが僕にそう教えてくれた、いつかの記憶がよみがえる。僕の構えた木剣は、初めての実戦になりそうだというのに不思議と震えていなかった。ひとつ息を深く吸うと、頭の中が冷えて落ち着いていく。


「マスター、マスターのことは僕がお守りしますからね」


「ルイス、ごめんね今役に立ちそうなの持ってないのよ……すぐ箒に乗って戻れば」


 確かに飛んでしまえば、魔兎には羽がついていないのだから追いかけては来られないだろう。必ず襲ってくる存在とはいえ、物理的に離れてしまえばどうしようもできない。

 でも、正直に言ってしまえば、僕は今のうちに実戦をしてみたかった。魔兎のことを舐めているわけではない。小さな僕があれに蹴られたら、結構痛そうだ。だけど、いつか剣を抜かないといけない時が来るのであれば、早い方がいいと思った。

 どうすればいいか、僕の(たましい)が知っている。


「今夜は魔兎のシチューがいいです!」


 自分を鼓舞するようにそう言って一歩踏み込むと、標的を僕に変えた魔兎が突進してくる。ジャケットの魔法を発動させて飛び上がろうとしたものの、思ったよりもゆっくりとした上昇になってしまって足に当たった。思っていたよりは痛くない。けれどズボンが切れて、パッと赤い石の欠片のようなものが散った。なんだろうこれ。


「考えるのは、後……っ!」


 幸運にも、魔兎は僕への突進に失敗した後に速度を落としきれず、大きな木に激突していた。魔力をジャケットに必死に回して速度を上げ、魔兎が動けないでいる間にその額の石に向かって剣を振り下ろした。自然と木剣へ手から魔力が伝わり、剣が魔力をまとったような感覚がある。腕が伸びたみたいな感覚に既視感がある。


「いっけー!」


 パリン、と小さな音がして、魔石が砕ける感覚があった。動かなくなった兎が確実に死ぬように、刃を持たない木剣で何度も何度も魔兎の頭を殴る。赤い血が出て、白い毛皮が汚れて、僕の頬にも血がついて、それでも魔兎は動かない。

 そこでやっと、僕は安心できた。確実に死んだのだ。命をひとつ奪ったというのに、罪悪感はない。マスターを守れたという安堵で胸がいっぱいになって、僕は振り返る。


「マスター、マスターを守れました! 褒めてください!」


 だけど、マスターの顔は少し暗かった。なんでだろう?

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