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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
38章 クロスステッチの魔女と服の仕立て

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第873話 クロスステッチの魔女、本縫いをする

 お風呂に入ってさっぱりとして戻ると、糊は程よく乾いているようだった。軽く指先で触れてみても、少しだけぺとっとしてはいたけれど、余り布を触れさせたくらいではくっつかない。


「よしっ」


 というわけで、そのまま本縫いをすることにした。今まで仮縫いしていたたくさんのしつけ糸をひとつずつ、本当の糸で縫い直しては外していく作業に入る。裾と袖のフリルは、いつでも外せる雪糸で縫い付けたまま。襟や身頃には、丈夫になるように念入りに撚り合わせて魔法をかけた、服と同じような灰色の綿糸を使う。見た目は概ね完成しているように見える服をひっくり返して、ひとつずつの線を、しつけ糸の隣にある線に沿って縫い直した。しつけ糸を通した分、布には少し穴が空いてしまうけれど、これは内側の話なので問題ない。縫い代のところに、それらの穴はすべて来るようになっていた。


(昔は逆をやって、お師匠様にこっぴどく叱られたものだったっけ)


 布が少なく、繕い物ではなく一から作る機会があまりなかったが故の過ちだった。そうやって空いてしまった穴を戻すための魔法、というのはあって、それでなんとかしていただいたけれど。あれはどんな魔法だったのか、図案を教わり損ねてしまったので、あの魔法に頼らないで作る必要があった。本を手繰ればあるかもしれないけれど、どのあたりを見ればいいのか、見当をつけるところからになってしまう。


「……よしっ、これで袖はついた」


 フリルをつけた袖を、身頃に縫い付ける。様々な形に切った布を縫い合わせ、一着の服に仕立てて行く。これを他人の要望で書き起こし、誰かが望んだ服を作るのだから、仕立て屋はすごいのかもしれない。私は、私と私の《ドール》の服でなければ、そもそも作ろうと思えない。作るにしても、自分たちの物であれば多少の粗は飲み込める。けれど、他人の物であれば話は別だ。《魔女の夜市》や魔都で作品を売る魔女や、人間の職人と違って、私は私が作ったものを、他人に買ってもらえるほど上手だと思えない。


「そんなことありませんよ、マスター」


「え、口から出てた?」


「はい」


 そんな独り言が漏れていたらしい。ルイスにやんわりと言われてしまって、少し恥ずかしかった。


「マスターがお作りになるものに、もっと自信を持ってもいいと思います」


「でも、他の人にお金を出してもらうほどかっていうのは、話が別よ」


 パチン、と縫い終えた糸を玉結びにして、切る。残った糸は玉止めをして、別の場所を縫うのに使うからだ。

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