第859話 クロスステッチの魔女、だらだらする
翌日は、とにかく何もしないというか、家のことはしないことにした。具体的に言うと、魔法で《洗浄》ができるとはいえ、さすがに洗っておきたい服の洗濯を全部明日に回す。布団を外で干しておきたいのも、明日に回す。やや埃臭い気がするけど、もう気にしない。足りなさそうなものの買い物と確認、材料の採取、調味料の調達も明日に投げる。多分一日くらいなんとかなるだろう、多分。
「マスター、とりあえずパン焼けましたよー」
ルイスが温めておいてくれたパンに、地下にしまっておいたバターを乗せて朝食とする。バター壺の中身も心許なくなってきたから、やっぱり近いうちに買い物は必要そうだ。
「今日はひたすらお休みされるというのは、お眠りになられるんですか?」
「いいえ、物語の本を読んでみたり、魔法の力のないものを作ったりしようかなって」
これが最初に考えていた『だらだら』と同じかは、少し自信がないけれど。そう思うことにして、その通りに過ごした。ベッドの中に物語集を持ち込んで、分厚い本を枕の上に置いて読むという背徳的な大罪。
「どうしよう、これ、本には悪いけど、楽しい……!」
こんな分厚い本には本来、ちゃんとした机なり書見台なりの上に置いて、姿勢を正して読むことが相応しい。事実、この家にだってちゃんと、書見台はある。けれど、それをやめるというのは……思いついてやってみると、中々に楽しいものだった。とはいえ、ちゃんとした魔法の本なんかでこのようなことをすれば、まずお師匠様に叱られる。物語の本だから、ギリギリでお目溢し――されるかな、されるといいな――されるのだろう。
「いつでも本を読むのをやめてお昼寝ができる……いいわね……」
「お昼寝されるあるじさまのせいで、本のページが折れたりしそうになったりしたら、どうなさればよいですか?」
「その時は起こして頂戴……本を傷めたくはないから」
キャロルに念のためのことをお願いしながら、読んだことのある物語の他に、まったく知らない物語を読む。聞いたことのない土地に伝わる、本来なら知り得なかった話を知る。それができるのが、本の力だと――こうして広げると、よくわかる。
「時々泣かされながら文字を頑張って覚えて、よかったあ……」
ついつい、しんみりとしてしまうのはそのせいだ。何年かかけて、名前の四文字から大量の文字と、綴りと、書き方を全部仕込まれた結果を感じる。本のページをなぞりながら、昔の私の苦労が報われていることに笑みが溢れた。




