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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
36章 クロスステッチの魔女と魔女だけの暮らし

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第841話 クロスステッチの魔女、鑑定結果を読む

 アンナが用意してくれた焼き菓子は、大きくて厚い砂糖がけのクッキーだった。あまり見たことがない形をしているし、齧ってみるとクッキーにしてはしっとりしている。こういう新しい味に会えるのも、遠出の醍醐味ではあった。


「こういうクッキー……クッキーでいいのかしら。初めて食べましたが、おいしいですね」


「かつて、マスターのお家ではクッキーと言えばこれだったそうです。レシピを再現した唯一無二の味ですよ!」


「……あの辺りではみんな、こういうのを食べていたはずなのだけれどね。思えば、随分と遠くまで来たから」


「ああ、クリスティナ様の地域の味でしたか」


 そういう話は魔女では珍しくないし、私にも覚えがある。人間が歩くよりも遠く、馬車に乗るより遠くまで飛べる箒。心の感動が色褪せて退屈に死ぬまでは、長く長く生きられる命。もうどこにもいない人達の風習や名残が、魔女の生活に残ることはよくあることだった。私がお風呂好きで、冬の備えを過剰にしてしまったりするのも、多分、そのひとつ。お師匠様は年に一度もないような大きな祝い事になると、香辛料まみれの辛いケーキを焼き始める――私はどうにも、あれだけは慣れることができなかった。グレイシアお姉様が使う剣の流派は、もう使う人が誰もいないらしいと聞いたことがある。魔女はそうやって、昔のよすがを増やしながら生きている。


「あなたの魔法自体は悪いものではない。でも、より細かく見る必要があるのは事実ね。というわけで、これを使う」


 クリスティナ様はそう言って、クッキーの皿を少し横によけた後、私が刺繍した物よりもかなり精緻な魔法を出してきた。これもまた、調べるための魔法なのはわかる。本にあった一番細かいものよりも、さらに色々と模様が刺してあった。きっと、クリスティナ様なりのやり方があるのだろう。


「ここの真ん中に針を置いて……」


「はいっ。あの、後でこの刺繍、じっくり見ていいですか?」


「クロスステッチの他に何をやりたいか、参考に?」


 私はその言葉に頷きながら、針を置いた。蔦が絡みつくように、魔法に込められたクリスティナ様の魔力が針を覆う。魔法の結果は、ほどなく現れた。

 いくつかの刺繍糸の花が開いたり、色付いたり。ひとりでに濃い緑に染まった糸が、魔法の正体を暴き出す。


『《早縫い》の魔法と、《不運》の呪い』


「自分自身の魔法でなくされちゃったのかー」


 結果の文字を読んで私がこぼした言葉に、クリスティナ様が肩を震わせた。

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