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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
36章 クロスステッチの魔女と魔女だけの暮らし

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第839話 クロスステッチの魔女、魔女に会う

 鑑定の魔女クリスティナ様の家、として蝶が案内したのは、魔都で一般的な石造りの平屋だった。屋根の色や壁の装飾で住人の個性が出せるようになってはいるが、形は似ている家が多い気がする。この家の場合は、屋根が薄い緑色で、壁は薄い黄色だった。


「ごめんくださーい。『三日月と黒猫亭』のエリー様から紹介されて来ましたー。クリスティナ様、いらっしゃいますか?」


 瑞々しい花輪をかけた扉につけられたノッカーを叩くと、しばらくは沈黙が返ってきた。


「いらっしゃらないのかしら」


「眠っておられるのかも?」


「とりあえずもう一回やろうよー!」


 私が止めようとするより早く、アワユキがもう一回ノッカーで扉を叩いた。私がやったより、やや強く。


「何……? エリーの紹介……?」


 しばらくして、ゆっくりと扉が開く。怪訝そうな顔で出てきたのは、手入れのされていない金髪に眠そうな濃い青の瞳の女性だった。見た目は私より少し年上程度だけど、明らかにもっと長く生きておられる魔女だ。首から下げているのは、二等級魔女の銀色の首飾り。飾り気のない染めていない布を、ただワンピースに仕立てただけの簡素な服を着ていた。飾り物は首飾りひとつだけ、という魔女は、魔都では初めて見たかもしれない。

 その後ろからは、可愛らしく装って髪を巻いた少女型の《ドール》がぱたぱたと走ってきて「もう、そんな格好でお客様をお迎えして!」と怒っている。炎のように明るい赤い髪に、夏の木の葉のような緑色の瞳をした《ドール》は、あちこちが膨らんだ昔の流行りのドレスを着て、本人の頬も膨らませている。


「宿屋のエリー様がご紹介された魔女様ですね。歓迎いたしますが、その……少々お待ちいただいても?」


「ええ、突然訪ねたのはこちらですし」


 すみません、と一言断った彼女によって扉は閉められ、扉の向こうからバタバタと慌ただしい音がしてくるような気がした。実際は石の壁と扉だから、そんな気がするだけだけれど。


「……どうぞ。エリーの紹介なら、話を聞くわ」


 しばらく待つと、《ドール》と同じように袖の膨らんだドレスを着たクリスティナ様が出てきて通してくれた。目からも眠気が取れていて、口調もはっきりとしている。


「リボン刺繍の二等級魔女のアルミラの弟子、クロスステッチの三等級魔女キーラといいます。お邪魔します」


 厚意で迎え入れてくれる人に正式に名乗りを上げて、私はその家の中に足を踏み入れることにした。魔都で店ではない家に入るのは、きっと最初で最後だろう。

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