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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
36章 クロスステッチの魔女と魔女だけの暮らし

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第830話 クロスステッチの魔女、宿に帰る

 屋台で買い食いやちょっとしたカトラリーを買うのは、楽しかった。


「魔法をかけてあるから、汚れにくかったり、傷みにくくなってます。過信は禁物なので、普通の範囲で使ってくだされば」


「わかりました」


 木のスプーンは、持ち手の先端に細かいカットを施された石がついていた。宝石とかではなく、多分、緑色がついているだけの普通の石だ。だから、この値段で済んでいるんだろう……それにしても、安い気はするけど。


「試しで作ったんだけど、作りすぎてしまって。出来栄えにムラはあるとはいえ、こう説明した分の魔法はちゃんと働きます。在庫処分ですね。引き取って欲しいくらいです」


「あー……言いたいことはわかりました」


 きっとこの魔女の家には、向こう百年分のスプーンがあるに違いない。私も身に覚えがあった。食べ物以外に魔法の品を売る物売りの店が特に多く、かつ安いのは、在庫処分のつもりの魔女がそこそこいるかららしい。確かに、私も納品の結果かなりの《灯火》が余ったし、他のみんなもそういうものがあるのだろう。


 魔女の砂糖菓子から作った飴を食べながら歩いて、宿に着くことができた。魔力を込めた手を翳して灯りを消そうとすると、雪が溶けるように、灯りは器ごと消える。多分、灯り売りの《ドール》の手元に戻っていったのだろう。魔法の気配が移動するのを感じた。


「流石は魔都、魔法の最先端を見たって感じがするわ……」


「《ドール》に任せられている売り物にあんな魔法をかけられる、ってのがすごいですよね。僕もいつか、あんなすごい魔法の品を預けられてみたいです」


「綺麗だったー、主様、作ってー」


「作れるかは……あれ何を使ったらあんな器に仕上がるんだろう……?」


 まったく材料の見当がつかないわけでは、ない。けれど、それをどう加工して、どんな魔法をかけたら、灯りが消されると同時に灯り売りの《ドール》の手へ戻っていくかは、さっぱり見当がつかなかった。布地や編み地は見えなかったから、多分、細工一門の魔女だとは思うのだけれど……。


「おかえりなさい、夜遊びは楽しかった?」


「楽しかったです!」


 宿帳か何かを受付で書いていたエリー様に声をかけられて、笑ってそう答えた。


「魔都の明るさは、街中を夜に歩くとよくわかりますね。エレンベルクやサリルネイアの都よりも明るいですし」


「蝋燭もランプもいらないんだから、これくらい明るくしないと魔女の沽券にも関わりますからね。明るくなる大通り沿いの部屋には、光を防ぐ仕様のカーテンをかける決まりなんです」


 確かに、ああも明るいと眠れなさそうだ。今度見せてくれるらしい。

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