第811話 クロスステッチの魔女、入浴剤を楽しむ
お風呂を入れてもらって、早速入浴剤を入れてみることにした。お湯に入ってから、袋を開く。いい匂いのする石鹸のようなそれを、ドキドキしながらお湯の中に入れる。
「わあ……」
細かい泡を立てながら、入浴剤は淡い乳白色の煙を出して溶けていく。お湯が白っぽくなっていき、花の甘い香りが濃くなってきた。何もなしでお湯を入れてもらった時も、ほんのりと花の香りがしていたけれど……もう少し、違う種類の花の香りの感じがする。
「これは……たまらないわね」
お湯の触感も変わる。綺麗で手触りのいい布を触っている時のような触感が、浴槽いっぱいに広がっているような状態になった。疲れがそのまま、お湯の中に溶けだしていくような感覚。濁ったお湯の色は、故郷やニョルムルのような温泉地でしか見られないと思っていたけれど……これを入れれば、いつでもそういった場所に行ったような気分になれるのだろう。
「マスター、柔らかい顔をされてますね」
「うん……これは、たまらないわね。今度、私も同じものを買いに行かないと……」
「まんまと『派閥』になっちゃったね~」
「他のも試してみたいなあ」
ふわふわと心地のいい気分で、お湯の中で手足を伸ばす。眠ったら流石に魔女でもマズいのはわかっているけれど、疲れもあって眠れてしまいそうなのが怖かった。
「みんな、もし私が本気で寝ちゃったら起こしてね」
「そこは大丈夫です、ちゃんとわたくし達で起こしますわ」
「安心してください」
みんなに一応そう言っておきながら、私はほう、とため息をついた。ゆっくりと伸ばしていた手足から、疲れが抜けていく感覚。これは、何回でも使いたくなるものだ。入浴剤、沢山買わないと。それで家でもこれに入れるなら、頑張って水を汲んだりするだけの労力に見合うと思えてくる。
それから……明日は……ちょっと寝てから……戻るべきかな、あの街に……でも、紅茶の感想、言えてない……。
「マスター、寝そうな顔してますよ!」
「起ーきーてー!」
耳元でバシャン!と水の跳ねる音がして、ルイスとアワユキの声がした。私自身の体が無意識でびくっと跳ねて、ぼんやりとしていた視界がはっきりする。
「ごめん、寝かけてたみたい……」
「マスター、一度もうお風呂を出た方がいいのでは」
「まずちゃんと寝た方がいいよー?」
「そうするわあ……」
ふわ、と自然と欠伸が漏れる。もう一度眠り込んでしまうより前に、私は眠気を振り払って浴槽を出ることにした。




